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住宅道具・考④
世界一周畳の旅
-その1 たためるたたみ

山口 昌伴

◆ネパールのたたみ
 ネパールはカトマンドゥの、ネワール族の住居を訪ねたときのことである。時(とき)は早めの朝。朝ごはんをつくって食べる一部始終の記録をとる仕事(タスク)だった。
 ネワール族の住まいは空中土間暮らし。ネワール族は地上に近いほど不浄としており、多層の家をつくる。そして神聖な台所と食事の場は最上階か、その上の屋根裏に設ける。上階の床は大引き・根太の上に柴を敷いて土を盛った空中土間にじかに床坐の生活。ただし、土間の仕上げは牛糞(微細な植物繊維)塗りだから絹のように滑らか。
 食事は外壁ぎわの床に茣蓙を並べる。幅36cm、長さ2mほどの帯状。1枚に3人が並ぶので、人数によって2枚、3枚とつなげる。壁ぎわに幅36cmの敷物だから膝頭は土間にはみ出す。その帯状の茣蓙の前の土間へ葉皿を敷いて、カリーや米飯を手食で食べる。学校へ行く娘たちが制服を着て、いそいそと手を葉皿から口へとはこんでいた。
 その帯状の茣蓙が、長さ2mのユニットになっているので、これって幅が狭いけどたたみだなァ、と思った。使わないときは、折り畳(たた)んだり巻いたりしておく―次の瞬間、これはたためるたたみだ! そうだとすると、日本のたたみはたためんたたみ、だ。

◆欧米文化の大きな間違い
 日本でも、もともとはたためるたたみだったのが、藁床が厚くて堅いほど上等だ、厚いたたみに坐る人の方がエライんだ、ということになってたためんたたみになってきた。
 もっとも、たたみは名詞形で「折りたためるもの」の意で、動詞形の畳(たた)む、という言葉は「積み重ねる」という意味にも使う。昔の農家では、畳は貴重だったので、お客様をするときに畳を出してきて敷きつめ、ふだんは架台の上に積み重ねておく=畳んでおくものだった。
 ネパールから西へ、インド大平原に降りると、そこは床坐の世界。居室にふかふかと敷物を敷きつめ、壁の下部に背当てのクッションを置いて、らくちんに床坐ぐらし。じつは西に行くほど床坐の世界は広がる。床坐すると床が眼近(まぢか)になるので、敷物が美しくなる。華麗なカーペット、豪華な絨毯の世界が広がる。アラビアやリビアの砂漠ではキャラバンサライは砂の地面。厚いカーペットを敷けば砂は上がってこないし、起伏する砂の床でもお尻をグリグリッとねじれば少しへこんでお尻が安定、座卓の脚も安定。
 グローバルに見れば、欧米と中国上層社会だけが椅子座の世界。欧米でオリエント(アラビア方面)の文化に憧れるあまり、カーペットを住まいに取り込んだのはまぁよいとして、裸足(はだし)にならず土足でその上を歩くことにしたのは大きな間違いだった。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:52 | 住宅道具・考 
住宅道具・考③
畳の力
-瓢箪から駒:洋館から撫子

山口 昌伴

◆和服と住まいの深い関係
 ある朝、私の通勤路になっている女子大生通りに、和服姿の淑女があふれているので目が醒めた。いつもはピチピチ、プチプチのジーパンデニム族が包装いや衣装を一斉に替えて出てきた―女子大の卒業式、かァ。
 一日自衛隊、一日交通巡査と同じ、一日大和撫子(やまとなでしこ)。一日和装しとやか女性、一日淑女。一日も保(も)ちそうにない、あやうい和装。お父さまお母さまのたっての願いを聞き入れて窮屈を我慢ガマンの女子大生。でも、着付けが大変だっただろうなァ。
 着付け屋さんに行って着付けてもらう手もあるが、祖母に帯締めの心得があったり、近所の伯母さんがデキルので来てもらったりして、我が家で変装したケースが多いだろうナ。
 だが今どきの住まい、いずれおとらず洋風の構えで畳の部屋がなかったり、あっても形ばかりで畳の床として使えなくなっていたり。
 板の間にカーペット敷き詰めでも、椅子テーブルの居すわる部屋では和服の着付けはとってもやりにくい。
 まず着物や襦袢を床に広げられない。椅子や机を寄せてスペースはつくれても、脚もの家具の足元の床に着物をじか置きすると汚れる―より穢れるような気がして、椅子の背に掛けたり座面に置いたり。だがアーラ不思議。畳の上ならすべて心おきなく広げられる。

◆畳間の消失と日本人が失ったもの
 それは床坐する床は清浄で、椅子座の場合の床は不浄だと感じる日本人の身についた清浄感のなせるわざだと前回に口説(くど)いた。その、床坐の畳のもつ清浄感が和装の着付けに効いてくるのである。
 畳の力はそれだけではない。ひと昔まえの遊び―歌留多(かるた)取り、双六、福笑い、みな畳の上に広げた。机上で歌留多? そりゃトランプか花札だ。茶の湯・お茶道も机上では珈琲道紅茶道。若者は脚の痺(しび)れが気が気でなくて茶禅一味なんて愉(たの)しめない。今どきの新しい高齢者は坐れなかったり坐ったら立てない。床坐を捨て、畳を見限った日本人のおおきな失くしものは脚腰の強さであり、弱腰になって座布団(おざぶ)の登り降りから身振り手振り、立居振舞の美しさ、身体技法の表現力が失われた。
 歌舞音曲、琴、三味線、謡(うた)い、浪曲、講釈講談、お笑いの一席も坐って演じてもらいたい。
 椅子で噺す可笑(おか)しくもない落語かな。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:48 | 住宅道具・考 
住宅道具・考②
畳の効用
-椅子座式になって失ったもの

山口 昌伴

◆和式旅館にたてこもり
 私は執筆や編纂の大仕事を一挙に片づけるには和式旅館にたてこもる。洋式のホテルじゃダメなのである。
 8帖、10帖の広間に入るや隅っこに座卓を寄せて原稿を書いたり図版を並べたり、そのキャプションを書いたり。あ、その前にタバコ、ライターは! 灰皿は! お茶オチャ! 卓上はたちまちイッパイになる。
 第1章の原稿や図版、関連資料に1枚の畳を当てて、そこに広げる。第2章の畳、第3章の畳、座卓回りで2帖が塞(ふさ)がるから10帖間なら全8章をまとめるのにうって付け。
 卓上では当面作業の章をいじくり、他は皆畳の上に散らばせておく。
 卓上を作業台、机上面といえば一卓があるのはオフィスと変わらない、がオフィスではそこまでで、他の章を広げる8帖の平面がナイ。
 じつは和室なら10帖、12帖の全面が机上面になる。洋机で8帖の広さの作業台を確保しようとしたら、ま、3尺以上は手も目も届かないので、机を並べてその間を歩き回ることになる。手と目の届く机上面を8帖分用意しようとしたら、通り道が要るので20坪・40帖は要る。

◆和風オフィスのすすめ
 洋式のオフィスだって、床(フロア)は空いている。けど、机上の原稿+資料を床に散らばすわけにはいかない。綺麗に拭き上げてあっても、書いた原稿を床に置けば汚れるような気がする。実際には汚れないのに床に置きたくないのは、汚れるのではないのだから、穢(けが)れを感じるのである。
 畳の床面にはこの穢れ感がない。8帖でも10帖でも「清浄」なのである。私たちが洋風椅子座式を選びとって失ったものは、この無限に広い、何でも置ける、清浄な作業台だったのである。
 どうして椅子・机の作業空間では床面が不浄で私の「玉稿」を散らばすわけにはイカナイのに、畳の上ならオーケーなのか。
 8帖間なり10帖間なりに坐って仕事をしている、ということは、8帖なり10帖なりの巨大な机の上に上り込んでいる、と思えばいい。その広大な机上面にちょっと座卓を置いて書きものをしてる、という図なのである。
 座坐式の和風オフィスつくったら、空間効率抜群だぜ。それが実は素っ頓狂な発想でもないのである。
 明治時代に論陣を張った萬朝報などの新聞社は、民家の2階座敷から発足している。でも新聞事業に成功すると、編集の空間効率としては格落ちする洋館を建てて引っ越している。
 日本では住まいも洋館化を遂げたが、ぐっと広めの座坐空間を続けることを、私はすすめたい。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:44 | 住宅道具・考 
住宅道具・考①
踏み台のゆくえ
-大工徒弟の渾身の作

山口 昌伴

◆大工の置き土産
 小江戸と呼ばれる川越の町、蔵づくりの街並みを歩く。一軒の老舗を訪ねて茶の間に上がらせていただき、長火鉢の脇にくつろぎ、古家具などを眺めやる。ふと見ると、踏み台がある。踏み台かァ。
 踏み台は四方転びの四角錘台形で、その頂部に平板がチョンと水平に載(の)っている。胴部の正面にはまん円い穴があけてある。使い古した踏み台は黒光りして威風堂々。単純なかたちだが見事な出来で、鋸を引いた手技の魂魄があたりを払う。古家で目にする踏み台は意匠に違いはあるが、いずれも四方転び、頂部の踏み板、正面に円形、扇形(おうぎなり)、巴形(ともえなり)などの穴が共通しており、いずれも凛(りん)とした出来栄えに妙に迫力があるところも共通している。
 その理由を訊ねていくと、だんだん判ってきた。踏み台はそれぞれの家作を建てあげた棟梁の、落成祝いに徒弟に拵(こしら)えさせた、施主への置き土産だった。
 棟梁のもとに弟子入りした大工志願の若僧、掃除、子守り、使い走りばかりやらされて2年、3年、なかなか釘も打たせて貰えない。先輩の道具を見たり、仕事を盗み見たりするうち手を出したくてうずうずしてくる。初めて野丁場(のちょうば)へ連れてってくれても、鉋屑の片付けみたいな手伝いばかり。とうとう一軒できあがって、野丁場を仕舞う秋(とき)がきて、棟梁に呼ばれ「おい、踏み台ひとつ、造ってみな」―初めて仕事らしい仕事が貰えて天にも昇る気持ち。たかが踏み台、されど踏み台。精一杯打ち込んでつくる。たしか台が転んでたっけ、と二方転びにして、こっぴどく叱られてやり直し。「踏み台ワナァ四方転びにしてなぁ。踏み板は隠し蟻にして絶対抜けんようにして、まん円の穴を挽きまわすんじゃ」。

◆四方転びの理
 四方転びは仕口が全部菱形になって、物差しや三角定規をどう使いまわしても寸法が出ない。四方転び、じつは曲尺(さしがね)の裏表を使いまわす曲尺使いの試験問題だった。踏み板の取り付け、穴あけも鋸を持たせてもらう資格試験。踏み台は丁稚の卒業制作(ディプロマ)だった。その造りに気が入っているのも道理である。
 初めての仕事が置き土産となるのだから踏み台は家と共に古い。しかも毎日使われて、びくともしていない。現場の端材の寄せ集めで、形は単純だが、丹精が込められるだけ込めてあるので、大荷重に耐えたり、子どもが馬にして走りまわってもニッとも笑わない―少しも隙(すき)があいたりしないのである。
 近頃、そういう踏み台の若いのを見ない。置き土産に精魂込めさせる徒弟教育がおろそかになってきたせいである。
 住宅事情の流れからみれば、高い所のものを取る必要は増えているのに頑丈な木組みの踏み台がみられなくなったのは、住まいづくりが商品化しすぎたせいだろう。荒物屋で踏み台を、と言ったらアルミの脚立(きゃたつ)を出してきた。木でできたのは? と訊ねたらアル、という。出させてみたら側面が直立の二方転び、これで上にのった人が身をひねったら転ぶぜ―と却下した。理があっての四方転びだったのも忘れられてしまったのか。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:40 | 住宅道具・考 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑨
スタンダードな住宅をつくるための学校
小池 一三 ■ Ichizo Koike

建築家の趙海光(ちょううみひこ)さんと、スタンダードな住宅をつくるための「定番学校」を開いています。1月に第1回の学校を伊豆高原で開いたところ、評判を聞いた工務店から声が掛かり、第2回学校を、急遽浜松の舘山寺温泉で開くことになり、こちらも定員いっぱいになりました。
 わたしはOM時代に、秋山東一さんたちとフォルクスシステムをやり、そこで工務店が学んだ設計「言語」が、このところ花開きつつあることを感じています。工務店が設計「言語」を自己化するには時間を要し、ここに来るまで10年掛かりました。
 フォルクスシステムは、当時OMが数千万円の予算を掛けて開発しました。3年で600戸の棟数に伸びましたが、そのあと急速に萎みました。協会が販売するものが減ったのであって、フォルクスシステムが減ったのではありませんでした。ほかで部材が安く入手できるようになると、工務店はそちらに流れます。当時は腹立ちを覚えましたが、それが工務店の生き延びる術であってみれば、むべなるかなです。
 フォルクスシステムは、集成材と構造用合板を主材とするものでしたが、設計手法をそのまま活かして、「近山」材の家にも適用されるようになりました。4mグリッドによるベースとゲヤによる設計「言語」は、実に重宝なものとして工務店に生き続けました。
 昨年、グッドデザイン賞を受賞した工務店の建物に、この影響を見るのは、わたしだけではないと思います。秋山さんの設計「言語」が、このところ花開きつつあると書いたのは、このことを指しています。
 わたしは秋山さんにお話して、「もう一度、勉強する機会をつくりませんか」と働きかけました。そして、秋山さんだけでなく趙海光さんにも呼びかけ、先の「定番学校」の開催となったのです。
 趙さんは『七人の侍』を集めようと言っています。これに呼応してくださる建築家が、すでに何人かいらっしゃって、秋山東一さん・三澤康彦さん・郡裕美さん・村松篤さん・正井徹さんなどが「やりたい」「やってもいい」と言明されています。
 システム構築費用は、かつてのOMのように出るところがありませんので、まず建築家にプレゼンテーションしてもらい、参加する工務店が費用を応分に負担する方式としました。参加費は1社18万円です。1社で建築家に依頼すると数百万円の費用が掛かりますので割安です。建築家は15社も集まると、まあまあの収入になり、二次、三次と開催されれば1軒の設計収入を上回ります。その代わり、集まらないと自らリスクを背負うことになります。
 工務店は、このシステムを用いて建物を建てたら、建築家とプロデュサーであるわたしを、交通費・宿泊費を出して招待しなければなりません。招待された側は、意見を述べることが義務付けられています。この見学会には、参加工務店も自費参加できます。そこでのあれこれの発見が、実は工務店にとっても、建築家にとっても大きいのです。
 この一連の仕掛けによって、新しい設計「言語」が生まれ、それを工務店が身につけることができれば、そこからまた「スター工務店」が誕生するのでは、と秘かに思っています。

(有)小池創作所 
ブログ「小池一三の週一回」更新中 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:25 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑧
エンド・ユース・アプローチという発想
小池 一三 ■ Ichizo Koike

揚げ足を取るのは簡単だが
 洞爺湖サミットが開かれる周辺の町で開かれた「すまい教室」で1時間ほどお話してきました。地元の関心は、地球温暖化よりも冷え切った経済が、このサミットを機会によくなるのかということにありましたが、それでも、地球温暖化への関心は確実に高まっているとの実感を持ちました。
 僕の話は、自然エネルギーはベストミックスで考えるべきで、太陽熱や、風力や、バイオマスを単体で取り上げて、曇りの日には太陽熱は使えない、風の吹かない日は風力はダメ、山が機能していないと木質バイオマスは安定供給されないなどといって攻めるのは間違っていること、それから、エネルギーは供給側から考えるのではなくて、最終用途の側から考えるのがいいという、いつもながらの話でした。
 この話は、去年の中越沖地震以降、聞く方の相槌が大きくなっていることを感じます。 僕が「原発が好きなのではなくて、暖房や冷房が欲しいのですよね」と言うと、ウンウンと相槌が打たれます。

ウンウンの相槌が増えている
 この話は人を選ばない話で、東大や京大の大学院生を相手にする場合も、工務店の方々を相手にする場合も、市民生協の方々を相手にする場合にも、一様に相槌が打たれます。 ヘリコプターから映し出された無人(映し出されなかっただけで人は中にいたり、映像に映らないように隠れていました)の原子力発電所と、その後のニュースは、それほどに強烈な印象を残していて、起こり得る現実を、人はそこに見たのでした。
 この話に続いて、僕が「石油を飲みたい人はいませんよね、自動車を動かすエネルギーが欲しいのですよね」というと、最近の石油の高騰を受けて、やはりウンウンと相槌が打たれます。エゴだと言われたトヨタが、プリウスによってエコに転換してから業績を急激に伸ばした事象は、エンド・ユース・アプローチの有効性の証左です。
 海外に日本の省エネ技術を普及することを、最近、日本政府はいい出していますが、産業経済省のベースではなく、簡単に利用されて、有効性の高い技術にもっと目を向けて、国内的にそれを奨励し、その事績を以て世界にアピールすることを大切にしてほしいと、僕は思っています。その際、有効なのは自然エネルギーをベットミックスし、エンド・ユース・アプローチする発想だと思っています。

(有)小池創作所 
小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:22 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑦
技術アイデンティティの滅失
小池 一三 ■ Ichizo Koike

お断り
 『小池一三の週一回』に乗せたブログの文章です
 以下は、私のブログ『小池一三の週一回』に乗せた文章ですが、皆さんにも読んでもらいたくて転載します。さぼって転載するわけではありません。最近の工務店の技術に対する視点の問題を書きました。


技術の本領
 ムク材に適正な接合金物として知られるロケット工法の本を作りました。
 『木工法に夢をみた―ロケット工法ものがたり』というタイトルをつけました。140pの本で、『住まいを予防医学する本』に続いて、今年2冊目の本です。
 この本の前半は、この工法の発明者である齋藤陸郎さんの半生を綴りました。この技術のアイデンティティは、何より発明者その人にあると考えたからです。
 いつものことですが、本を作りながら、いろいろなことを勉強しました。
 平嶋義彦名古屋大学名誉教授に教えられて、木造住宅の起源に興味を持ち、奈良橿原考古学博物館を訪ね、佐見田宝塚古墳から発掘された家屋文鏡を見に行ったり、富山・桜町遺跡について調べたりもしました。世界遺産にもなっているロシアキジ島の奇跡の建築とされる教会の写真を富井義夫氏からお借りすることができました。
 また、本居宣長の『玉勝間』を読み込み、出雲大社の歴史を調べる過程で、大林組がバーチャルプロジェクトとして取り組み、張仁誠氏が復元した絵も提供いただけることになりました。 唐招提寺の校倉造にカメラを据え、光と影の微妙を求めて、日長一日シャッターを押し続けたりもしました。お借りしたもの以外、今回の本の大半はぼくが撮りました。
 調べ、勉強しながら、外来技術である柱・梁構造とは別に、わが国古来の技術として柱・厚板構造の歴史があることを知りました。また、貫工法が法隆寺の建築を遡ること3000~4000年も前に存在することも知りました。さらにはまた、筋交工法が明治以降の外来技術であったことも……。

技術評価エネルギーから本が生まれた
 ロケット工法の真髄は、フレーム接合における金物と伝統工法の融合にもありますが、ぼくは何といっても、「さくりはめ」によるテラパネルに、この技術の卓越をみました。構造面材との二重の壁は、これ以上ない強さを持っていて、地震列島の上に建つ住宅技術の一大成果だとみました。それで、ぼくはこれを「Wウォール」と名づけました。
 テラパネルは、柱に溝をつけて板材を「さくりはめ」するわけですが、平嶋先生は、これは地震に対して減衰効果を持つ壁だといわれました。倒壊を抑止する「倒壊抑止壁」ですね、と申し上げたら「そうだ」とおっしゃいました。
 構造用面材は、実験で強烈な地震の振動を与え続けると、やがて釘が飛んで滑落します。剛性は、それ以上の剛性を与えられると脆いのです。伝統工法と同じような減衰効果を持つテラパネルは、「柔の技術」なので、地震波を柔らかく受け止め、そのことによって構造用面材の釘が飛び、滑落に至ることを抑止してくれます。補完作用が働くのです。
 わたしは技術者ではありませんが、始めにOMソーラーに接したときの感動が蘇りました。おもしろい、と思いました。この技術を埋もれさせるのは、もったいない、と思いました。技術本体によって与えられたエネルギーが、短期間でこの本をまとめさせたのだと思いました。

最近のFCやVCの低迷要因
 この本のご縁があって、静岡の片山建設さんからパンフレットの作成に依頼がありました。それで先日、社長さんとご子息の専務さんにお会いして、あれこれお話しました。
 片山建設さんはロケット工法の片山建設として、この工法の草分け的存在のお一人です。しかし、ロケット金物を用いられてはいますが、コストの関係から、テラパネルはお客の要望がなければ、あえて奨められておられませんでした。
 工務店は、過当競争を強いられておりコストに敏感です。僕がやってきたソーラーも、顧客を寄せる広告塔としては今尚強さを持っていますが、予算を詰めていく過程で除けられるケースが増えているようです。
 工法やシステムを、そういう使い方をするケースが、最近の工務店に見られ、フランチャイズなりグループに支払っている会費は、一種の広告費になってしまっているようです。これでは肝心の技術が泣きます。技術のアイデンティティを滅失させるもので、長い目で見ると信用を損なうことです。
 最近のフランチャイズ及びボランタリーチェーンの低迷は、単体技術を標榜するだけでは営業が厳しくなっていることを示していて、ネットを組み合って「いいとこ取り」を進めるネット型の方向が求められているというのが、僕の見解ですが、同時にそのフランチャイズ及びボランタリーチェーン自身の、技術コンセプトの摩滅と、それに取り組む人たちの熱意の低下が大きいと見ています。歴史を持ち、強い技術と見られたところも、等しくこの弱さを抱えているようです。

人を得て生きる技術
 ロケット工法を進める片山建設の片山社長は、根っからの技術者で、篤実な人柄が出ていて、ロケット工法を語らせると熱っぽく、この人に仕事を頼めば間違いない、という印象を濃くしました。町の工務店は社長の人格や人柄、もっといえば骨柄骨品で仕事を得ていると言っていいほどに、社長自体が問われます。
 僕は片山社長に、「この土地は東海地震が予想される地域であり、身体に感じない地震を含めると、毎日のように大地が揺れている土地ですよね。この土地で家を建てるとはどういうことか。それを押し詰めて考え抜いた結果、選ばれた技術がロケット工法だったのではないですか」と申し上げました。片山社長は大きく頷いて「その通りです」とおっしゃいました。
 それなら、ロケット工法の片山建設ではなく、「技術者である自分が選んだロケット工法だというパンフレットを作りましょう」と申し上げました。そして、もっともっとロケット工法を愛し、さらに進化した技術を取り入れ、もしそれがコスト高になったとしてもやりくり算段をつけ、熱意をもってユーザーの説得にあたりましょうよ、と申し上げました。

 片山社長は「それって初心だよな」と言われました。
 技術の本領は、人を得て生きるのだと思いました。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:16 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑥
独立自営工務店
小池 一三 ■ Ichizo Koike

「立百姓」という言葉
 前に、島根県の木次乳業と、そこを仕事場にした佐藤忠吉さんのことが書かれた『独立自営農民』という本を紹介しました。
 このタイトル名は、社会経済史を齧った人ならよくご存知のように、イギリスではヨーマン yeoman、フランスではラブルール laboureur などと呼ばれた農民を言います。封建社会の解体期に、一家の生計を十分に維持するに足りるだけの生産手段(土地、家畜、農具など)を所有して、自立的な農業を営む農民を独立自営農民と呼んだのです。
 彼らは、やがて商品生産者として成長し、資本主義形成の母体になったわけですが、この本の作者である森まゆみさんは、佐藤忠吉さんのことを書くについて、この誇り高い言葉をタイトルに付けたのです。
 この言葉によく似た言葉を、ふいと思い出しました。「立百姓」という言葉です。
 この言葉は、江戸期寛永時代に郡上金森藩で起こった郡上一揆の義民たちを指す言葉で、岐阜の劇作家小林ひろしさんの作品を通して知っていたのでした。「立百姓」の対語は、「寝百姓」です。立つのか、寝るのか、のっぴきならないシチュエーション(境遇)をそこに見出すことができます。

「立つ」か「寝る」かの選択
 翻ってみるに、今、工務店は立つのか、寝るのか、厳しい選択が迫られているように思います。
 つい先日、若い大工の話を聞く機会がありました。その大工が元請けで取れる仕事は年1棟に減り、あとは請けで仕事をして食い繋いでいます。カミさんは家計補助のためパートに出ていて、電話は携帯で受けているけれど、お客さんへの対応が不十分で、新しい仕事が取れないと言っていました。けれども負けないでやりたい、と彼は決意を語ってくれました。
 何とか頑張ってほしいし、ぼくに手伝えることは手伝うね、と励ましましたが、「独立自営工務店」の多難さを思い、立ち続けることの重さを思うのでした。

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小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:14 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑤
200住宅
小池 一三 ■ Ichizo Koike

200年住宅への疑問
 先日、滋賀県の平野住建さんに案内していただいて東近江の五個荘の商人屋敷を見て回った。作家の外村繁さんの実家でもある外村宇兵衛邸の母屋は、万延元(1860)年ということだから、築後150年近くになる。大工仕事の丁寧さが伝わってくる家で、黒光りした柱も梁にも何ともいえない風格がある。
 そこで思い出したのが福田首相の「200年住宅」であった。
 この家は、余程の地震に見舞われない限り、もう50年くらいはびくともしないだろう。しかし、今これだけの仕事をやれる大工が何人いるのかと言われれば、そう簡単な話ではないと思われた。
 200年ということになると、そもそも鉄筋が入った基礎で大丈夫かということになり、「釘が危ない」ということになるだろう。ナチュラルパートナーズの大江忍さんから、釘の写真を撮るため、薬師寺の再建で使われた白鷹幸伯さんの釘をお借りしていて、それを眺めながらつくづく思うことは、今の軟かい釘がどれだけ持つかということだった。
 あらゆることを根本から考え直さないと200年住宅になりようがないわけで、福田さんはその建築費をどう考えているのかと思った。

建築費を無視した議論はナンセンス
 所詮、35年の住宅ローンでつくる建築費は知れていて、昨日の所信演説では税制うんぬんが言われていたが、その前に建築費が大問題である。まず住宅ローンの制度を根本から見直さない限り、絵に描いた餅でしかない話であって、それを一国の首相の所信方針演説で述べていいのか、その根拠を考えているのかと、ぼくは今朝の新聞を読み、商人屋敷を思い出しながら、つい冷笑が浮かんでしまった。せめて元金年1%の100年ローンを制度化してから言うべきことではないのか、と。2,500万円の予算が1億円になるなら、かなり結構なものが建てられる。200年で計算すると、補修費が相当に掛かったとしても、それでもトータルで考えると安い。
 商人屋敷を見ながら、今のお金に直したら建築費はいくらぐらいかなと、同行した「町の工務店ネット」事務局長の山崎博司さんに聞いた。彼は「それは高いやろね」と言い、続けて「そやけど200年で割ったら、今の平均価格より安いのやないか」と言う。奈良の寺社建築を専門に手掛けてきた山崎さんらしい話で、ぼくはこの理屈が妙に気に入ったのだった。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:12 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて④
『自主独立農民という仕事』という本
小池 一三 ■ Ichizo Koike

いい本との出会いf0204815_1412562.jpg
 「しのざきゆうこ」という人は知らないけれど、この本の表紙でいっぺんに好きになりました。タイトルの字体もよく、装丁も良くて、もちろん森まゆみさんの文章もいい本です。
 この本は、島根県木次乳業と、そこを仕事場にした佐藤忠吉さんのことが書かれています。佐藤さんの語録というか、喋りを、森まゆみさんは上手に拾っていて、地産地消とは何なのか、その本質が見事に語られています。



「牛を飼って乳をとり、それを加工して付加価値をつけ消費者に届ける。素材の生産だけだったら、われわれは都市の奴隷にすぎない」
「東京で米や野菜はとれるのか、魚や肉はとれるのか」
「地域を活性化せよとかけ声がかかるが、私はむしろ地域は沈静化すべきものと考えとります」

自主独立農民である、ということ
 自主独立農民の生の深さは、これらの言葉だけでなく、行動にこそ示されていて、森まゆみさんは、いろいろなエピソードを綴っています。
 これからの日本を考えると、農業にせよ、林業にせよ、ものをつくる人が元気でなければダメです。ロクでもない大臣が2人も続いている農林省だけど、中国の食品汚染を回避するには、日本の生産者にがんばってもらうほかなく、こういう気概を持った爺さんがいることを、もっと大切にすべきと思いました。
 工務店のあり方を考える上でも、読んでもらいたい一冊です。
 発行はバジリコ株式会社。本体1,500円。

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小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:03 | NARB of JAPAN