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<   2009年 04月 ( 136 )   > この月の画像一覧
住宅道具・考⑮
世界一周畳の旅 
The椅子 この始末に終えない家具

山口 昌伴

◆座椅子は? いりません
 私は筆耕(原稿書き)の仕事が溜まりすぎると和式の温泉旅館にたて籠もる。座卓の下の畳にも仕事が広げられるからである。
 で、座敷に通されると座卓まわりに座蒲団は出してある。仲居さんが「あ、ザイスが出ていませんね、お使いでしょ」と取りに行こうとする。「いりません」。
 座椅子の座面に座蒲団のせて書き物をしていると、座椅子の背がなんだか後ろへさがっていく。ひと息入れるのに凭(もた)れるのがよくないらしく、だんだん遠のいていく。でも、凭れなくちゃ、意味ないよなァ。座椅子が凭れたらいけないものなら、座蒲団の下に板を敷いてる意味がない。座蒲団下に板を入れているのは、自分の体重によって座椅子の背が立っていられるようにするため、である。だが考えてみると、凭れるときは背板の上方に力がかかるので、ベクトルの方向(力の方向と大きさの違う力を合わせた力の方向)が背より外側に向くので、背の上方に凭れれば原理的に背が敷板ごと後退することになるのである。
 いきおい身体は座卓を離れまいとしがみつく。座蒲団は尻との摩擦力で居残りたがる。後退したがる座椅子と、残りたがる座蒲団が生き別れになる。旅館や料亭ではその生き別れを目にしているので、座蒲団に紐を縫いつけて座椅子に縛り止めたりする。それに力がかかって座蒲団の皮の方が負けて破れたりしている。そこでゴム紐で緊くつなぎ止めているのがある。これではお尻をちょっと上げたら座蒲団が後退しつつある座椅子の方へ寄って、尻をおろしたら座蒲団のはじっこだったり、座蒲団が無かったり。

◆殿(との)、御座椅子は如何(いかが)!
 昔の殿様は、お座蒲は用いなかった。そして、脇息(肘(ひじ)掛け)は用いたが、座椅子は用いなかった。武士は威厳・体面を保つために姿勢をシャンとしていなければならなかった。お客に行った客人もしかりであった。主婦もシャンとしていたし、お婆さんも背中は丸くなってもしゃんと座っていた。
 座椅子の発明はもっとくつろいで下さいまし、といういたわりの心からであろうし、それが旅館などではサービスの表現にもなってきたのだろうが、私はくつろげない。そんな邪魔くさいもんいらん、というのが本音で、折角のサービスの申し出を私は「いりません」とすげない。

◆坐る文化の国・ニッポンで
 畳に床坐(ゆかざ)する訓練が遠のいて、日本人はおしなべて床(ゆか)に坐るのが下手になってすぐ足が痺(しび)れる。脚腰も弱くなって立ち上がるのが下手になった。もうひとつ、座蒲団が、投げるとポンポコと跳ねるような落ち着かない代物になってしまったのも痺れやすい原因である。The椅子はそれらを救うには役に立ってない。いや、凭れることを拒否して後づさりするんだから、何の役にも立っていない。坐る文化の国だったニッポン、つまらん家具をつくり出したものである。


道具学会 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:48 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑬
世界一周畳の旅 その9 
もうちょっとでたたみ アメリカ

山口 昌伴

◆コロンブスを発見
 道具学会では、学問は「行って、見る」ことから始まる、としている。ことさら道具学では、学問は文化比較から始めよ、をモットーとして、世界各地に「行って、見る」探検踏査を重ねている。
 ある年、私は道具学会の海外比較道具文化研究会で、アメリカ探検をやろう、と切り出したら皆が笑った。コロンブスみたいだ、と。
 たしかにコロンブスはアメリカを発見した。ただしそれはコロンブスにとってのアメリカ発見であって、もとからアメリカに住んでいたインディアン――いや失礼、アメリカ大陸原住民=ネイティブ・アメリカンにとっては、コロンブスに発見されたなんて言われたくないだろう。むしろネイティブ・アメリカンは俺たちがコロンブスを発見したんだと言いたいだろう。
 ま、コロンブスにとってはアメリカは発見だった。だから道具学会にとってもアメリカは発見できる筈だ。コロンブスの頃に較べるとインディアン――いや失礼、ネイティブ・アメリカンは桁ちがいに増えているけれども、と私は云い張った。陰の声:アメリカンがヤマグチサンを発見したら、インディアンがコロンブスを発見したよりもビックリするだろうナ。
 さて、アメリカといっても広い、どこを探検しようか。メイフラワー号がたどりついて新しいアメリカの始まった故地を歩いてみようと衆議一決、ニューイングランド地方の開拓民たちにとって初めて安住の地となったコネチカット州のウッズベリーという村を訪ねた。

◆靴が脱ぎたい! シャギーカーペット
 ニューイングランドはその名のとおり英国のイングランドの田舎とそっくりの、絵のように美しい佇(たたず)まいだった。
 その村で大きな農園を経営する豪壮な1軒を訪ねた。ウエルカムと、ミニ・ホテルのような邸宅を隅から隅まで案内して見せてくれた。キッチンなどフローリングの床はツルピカで、廊下、階段、各室はふかふかのカーペット敷詰め。ひと巡りを終えるとリビングルームでひと休みしなさいと案内された。断っておくが、ここは洋式生活の本場だからツルピカのフローリングの上もふかふかカーペットの上も土足でとおしてきた。そしてリビングルームの床は、まっ白なシャギーカーペット。靴が見えなくなるほど毛足の長いカーペット。私は土足で踏み込むのが反射的に躊躇された。けれども欧米のマナー感覚では人前(ひとまえ)で靴下はだしはたいへんな無礼、というより淫(みだ)らなのだそうである、と案内役の道具学会の現地会員O氏から厳しく戒められた。私は靴を脱いだらずいぶん心地よいだろうと思うだけに、ふかふかシャギーの上で、たいへん居心地のわるい思いをした。

◆もうちょっとでタタミ
 欧米人もいまや床にくずれこんでくつろぎたくなってきている。イタリアなぞでは床坐暮らしにとても楽ちんそうなごろね家具をふかふかカーペットに置いたりしている。ソファーがどんどん低くなってごろね家具に近づくほど、靴ばきは身に合わなくなる。けれども靴は先述のような禁忌(タブー)があって、脱ぐわけにいかない。アメリカで聴いた話だが、欧米人にもはだしの気持ちよさを知ってしまったのがいて、1階(グランド・フロアー)では靴ばきだが、2階(ファースト・フロア)の昇り口、あるいは昇ったところで靴を脱いでしまって、2階には他人(ひと)を上げないようにして、素足のカーペットざわりを楽しんでいる手合いも居る、とのこと。
 欧米人もベッドに上がるときはさすがに靴を脱ぐ。つまり2階の床(ゆか)全体をベッドと見れば、昇り口で靴を脱いでも欧米の作法に違反はしないわけだ。2階の床全体がベッド!? そりゃあ、もうちょっとでタタミだ。


道具学会 


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:45 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑫
世界一周畳の旅 
地団太踏んでたたむ-ほんとの畳

山口 昌伴

◆地団太(じだんだ)を踏む
 口惜(くや)しがって足をドタドタ踏みつけることを、地団太を踏む、という。地団太を踏む、の語源は「地踏(じだたら)を踏む」から来ているという。(たたら)は上下2枚の板の間に革を張った吹子(ふいご)=鞴、(ふいご)で、これを地面に据えて上板を足で踏みつけるのが地踏。たたら製鉄などに大量の風を送り続けるのに用いる。一日じゅう脚で踏み続けなければならないのはうんざりだし、気持ちが空(むな)しくなる。その地踏を踏み続ける空しさが、口惜しくて無駄に足踏みする「地団太を踏む」という語に乗り移ったのである。

◆ほんとの畳は堅いほど重いほど良い/近頃の畳とほんとの畳! 畳床(どこ)の違い
 今どきの畳は、畳表(おもて)は昔ながらの藺草(いぐさ)の織物でも、畳床(たたみどこ)=厚み:5cm(今どきは1.5cmとか2.7cmとかの薄い床(とこ)もある)を構成する部分はポリスチレンフォームにした化学畳床や木質繊維を固めたインシュレーションボードを用いた建材畳床、それらを藁で挟んだサンドイッチ畳床が圧倒的に出廻っていて、藁だけでたたんだ(重ね合わせた)ほんとの藁床畳は少数派になってしまった。
 ほんとの藁だけをたたんだ藁床畳は、そのクッション性のある、しかもしっかり足ごたえのある堅さが、立居振舞に絶妙な感覚をもたらす。そして奇妙なことだが堅いほど歩き心地がよいのである。堅いほどいい、ということは重量が重いほどいい、ということである。そこで藁床畳の等級は重さで決まっている。厚さ5cmの藁床畳は95cm幅の畳一畳が特級品は29kg以上、一級品27kg以上、二級品25kg以上、三級品が23kg以上。ちなみに化学畳は厚さ2.5cmもので18kg以上と軽(かろ)やかである。

◆地団太踏んでたたむ、ほんとの畳
 ふかふかとした藁を積み重ねて厚さを5cmまで、脚で踏みつけ踏みつけ(地団太踏んで)踏みしめる。積み上げた厚さが40cmなら、5cmまで地団太踏んでもやっと三級程度の畳床。積み上げ高さ60cmを5cmまで地団太踏んだら特級の畳床。畳の旧字は「疊」と書いたのには、ほんとの疊床づくりの実感が込められている。
 小江戸と呼ばれた東京近郊川越の岡田畳本店の2階「坐る文化研究所」(4月オープン)では、化学畳からほんとの藁床疊まで各種の畳・疊を敷いて「歩き較べ」られるようにしている。私は幼い頃からの体験学習の功で踏み分けられるが、フローリング育ちの若い人たちの答えは「判らない」だった。これを聴いたら昔の床作り職人、地団太踏んで悔(くや)しがるだろう。


道具学会
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:41 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑪
世界一周畳の旅 その8 
エチオピアのマットレス-たためん畳

山口 昌伴

◆アラブ世界に共通する使いぶり
 道具学会エチオピア探検(予備踏査)で、ことのほか感動を覚えたので「エチオピアのマットレス」と標題に掲げたが、じつは床坐暮らしのマットレス状坐臥具の使いぶりは、インドからモロッコまで、アラブ世界に共通する。
 エチオピアの首都はアジスアベバだが、地方都市のひとつ、城壁に囲まれた古都ハラルという町を訪ねて、アラブ系住民の住居に入り込むことができた。
 メディナ(旧市街)は、迷路のように路地の両側に住居の外周壁が巡っていて、各家への出入口の厳重な門扉がある。そこを入ると中庭で、周囲を囲むように居室があって、それぞれ出入口扉を、日中は開いたままにしている。中庭から居室に入ったところは土間で、中庭より5cmほど高くしてある。いわば犬走り高さが屋内土間の高さなのである―雨水などの水捌(は)けへの配慮である。
 居室への入口土間は、居室が3間(6m)とすれば、1.5~2mほどの幅で居室の幅一杯まで土間。その先には日本の高床への上り框(かまち)のような段差があって、土造りの高床になっており、カーペットが敷いてあったり、無かったり。入口土間で履物を脱いで、高めの土間は裸足で歩く。居室の突き当たりや両側の壁ぎわに3尺(90cm)ほどの幅で厚さ1尺(30cm)ほどの、厚床(どこ)の幅2尺(60cm)ユニットを詰めて並べている。そして硬めの座蒲団のような背もたれが、これは各席ごとに後ろの壁に立てかけてある。

◆ソファーとマットレス
 厚床ユニットは、厚さ1尺(30cm)弱で、日本でも普及しているベッド用のマットレスより厚く、西欧家具のソファーほどの厚さはない。日本には畳の上に置く背もたれだけの座椅子というものがあるが、アラブの壁ぎわ坐臥具はその座椅子の坐面をマットレスより厚くしたものを想像していただければよい。
 超低ベンチを壁ぎわに廻して、背もたれをバラして置いてある、と見てもよい。特厚畳床(どこ)のようなものだから腰かけて脚を投げ出すもよし、上りこんで胡坐(あぐら)をかいてもよし、ごろっと寝てもよし。たいへん楽ちんな、日本の床坐式と西欧の椅子座式の起居様式の両方を取り入れたような起居様式の坐臥具である。
 これに床面からひとつづきの絨毯を被(かぶ)せるやり方はエジプトはカイロのアラブ系住居で実見している。
 日本でも第二次大戦後、リビングルームや応接間に必ず置いたソファーや、床に寝転ぶときに敷くようになったマットレスは、西欧家具だから取り入れたものだが、じつはアラブ文化の特厚坐臥具を、西欧がソファーとマットレスの二つに分けて取り込んだものだったのではないか。
 アラブ文化圏を旅していると、そんな坐臥具の歴史の見直しを迫られるのである。


道具学会 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:39 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑩
世界一周畳の旅 その7 
魔法の絨毯 モロッコ・ヴァージョン

山口 昌伴

◆「砂の海」に溺れそうに
 道具学会モロッコ探検で、初めて本格的な砂漠の端っこにたどりついた。広大なサハラ砂漠の、ほんの端っこ、モロッコ領内のアルジェリアとの国境近くのメルズーカ砂丘の波打つ畝(うね)りのひと畝(うね)に登ったのである。
 砂漠は砂の海といわれ、駱駝は砂の海をわたる舟、オアシスは絶海の孤島に譬(たと)えられる。その砂の海の最初の波の畝(うね)に登ろうとしたら、堆積している砂が新雪のようにふかふかと柔らかく、靴履きなのに脛(すね)まで沈んで足をとられ、砂の海に危うく溺れるところであった。
 砂の大畝の頂(いただき)から遥かなるサハラの果てに昇る日の出を待ったのだが、同行のベルベル人(原住民の後裔)が巻いて担いできた二畳ほどの絨毯(じゅうたん)を、ふかふかの砂の上に広げてくれた。じかに砂に尻を突いたらまた溺(おぼ)れる。絨毯の上なら尻があまり沈まない。なぁるほど。
 そのうえ体重をかけて尻をもじもじすると、絨毯の面に窪(くぼ)みができて、尻が落ち着く。これは具合がいいもんだ、と感心する。足の踵(かかと)のところをぐいぐい押し凹ませると、尻と踵の三点支持(サポート)、背をしゃんと伸ばして日の出を拝む姿勢がとれる。絨毯から外れたところはふかふかの砂地だから、ワインの瓶をグリッと押せばシャンと立つ。

◆空飛ぶ絨毯体験
 たためるたたみに出逢ったのはネパールだったが、あそこでは平たい床に敷いていた。それでも畳は元々たためるたたみだったんだと感動したが、砂漠の砂の上に敷いてみると、これはもうたためん(たためない)たたみではどうしようもない。砂漠相環境で絨毯文化が発達したのは当然だったんだなァ、とまた感動。しごく当たり前のことだが実見すると、あらためて驚かされることが、多いものである。
 日の出の素晴らしい光彩のドラマを見終わって、登ってきた斜面に差しかかるとベルベルのおじさん、絨毯を広げて「これに坐れ」という。云われるままに坐ったら、おじさんは絨毯の坂下側の縁(へり)を掴んで走り降りはじめた。絨毯は私を載せたまま斜面を辷(すべ)り降りる。初雪の如き砂の上の橇(そり)である。とたんに私はアラビアンナイトの空飛ぶ絨毯の話を想い出した。砂嵐が起こればたためるたたみは空に舞い上がることもあっただろう。空飛ぶたたみはまんざら空想の産物ではなかったのかァ。
 森林の国、西欧の魔女は落葉を払う箒に跨(またが)って飛ぶ、烟煙の国中国では孫悟空が雲に乗って飛ぶ。砂漠相のアラブでは絨毯で飛ぶ。日本昔話では、たためん畳では恰好がつかないので、鶴か鴨の背に乗せてもらっている。


道具学会
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:38 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑨
世界一周畳の旅 その6 
座敷箒の難儀 畳文化の誤訳PART2

山口 昌伴

◆畳の持ち味
 親戚の一家の引越しを手伝いに行った。公団住宅風鉄筋アパート3LDKである。行ってみると畳の部屋、8帖と6帖には早々とカーペットが敷きつめてあった。家具を入れたらカーペットが敷けなくなるモン、と手早く手配したという。敷きつめ畳の部屋にカーペットを敷きつめ、その上に箪笥や鏡台―はいまや通り相場である。
 大掃除のとき、畳を上げて表に出して、陽に干してパンパンパパンはもうやらないのだ。第一、上に載ってる家具が動かせない。第二に化学畳だから叩いたら壊れるだけだ。なぜ藺草表の青畳を味わうことをしないのか。だって色はあせるし、傷(いた)むし、汚れても表替(おもてが)えなんてできないでしょ。畳は上げることもなく、敷きっぱなし。表(おもて)も替えない。それよりカーペットの下だから畳部屋でも畳は見えない。―嗚(あゝ)、畳って何なんだ。ちょっと弾力性のあるクッション入りの合板フローリングユニットにすぎないのか。
 畳の持ちち味は畳床(たたみどこ)のクッション性と、畳表の足ざわり、肌ざわりにある。藁床(わらどこ)は重いほど上等とされた(もう過去形で書く)。より沢山の藁を使ってよりきつく締めあげる。堅くて、しかもクッションになっている。これが精神安定(トランチライザー)効果を持つ。
 畳表の足ざわり―足の裏は掌(てのひら)に近い高度な感覚をもっている。素足の感度は鋭いから、掃除を怠ると一目瞭然(いちもくりょうぜん)―はヘンだが、一足瞭然、部屋にちょっと踏み込んだだけで判る。埃がついていたらすぐ判って、しばらく歩きまわると気分がくさくさしてくる。風の吹いた日は、足ざわりがザラついて、しばらく居ると精神が散漫になる。あるいは気分が荒れてくる。

◆カーペット普及以前に普及した掃除機の不思議
 畳の掃除は、まず茶殻を散いて、座敷箒を畳目の方向に、目に入った埃をほじり出すように使い、茶殻に埃をからめて集める。次いで雑巾をかけ、さらに空(から)拭きする。そうしてはじめて歩いて気持ちよく、寝そべって快い、藺草の感覚が味わえる。畳の上を電気真空掃除機で撫でまわしたり、埃を吸わせただけでは到底駄目である。
 いまどき、そんな伝統的掃除法を繰り出しても無駄ではある。なんせ引越しの手伝いに行ったときはもう畳がカーペットの下、なのだから。
 ところで、欧米で発達した真空掃除機は土足で歩きまわるカーペットの掃除のために開発され進化してきた(と前回書いた)。その真空掃除機が戦後の日本に本格普及をはじめたのは、畳の上にまで敷き込むカーペットの普及より10年ほど早い。
 畳の掃除には先述の「掃除の仕方」からすると、座敷箒を振り廻した方がサッと済む。真空掃除機をいくら這(は)いずりまわらせても、埒(らち)があかない、というのが私の実感である。畳の和室を真空掃除機で―とは、これ異文化の誤訳であった。ならば何故、日本ではカーペットの普及よりカーペット用に開発された真空掃除機の普及が先行したのか。
 欧米では異文化の誤訳を解決する苦肉の策、苦肉道具として開発された真空掃除機が、日本に輸入され、国産化の始まった家庭電化ブームの時代は、「電化は文化」の時代だった。
 日本人にとって、電化製品は進んだ文明の結晶だった。電化生活は文化生活と同義だった。畳がまだカーペットで覆われないうちに、真空掃除機が座敷箒を駆逐しはじめた。座敷箒産業にはおおいなる難儀が降りかかってきたのであった。当時の物価では、真空掃除機の値段は座敷箒のほぼ100倍だった。異文化の誤訳は、ずいぶん高くついたのであった。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:35 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑧
世界一周畳の旅 その5 
西欧の絨緞 大いなる異文化の誤訳PART1

山口 昌伴

◆たたみが壁掛けの工芸品に?
 花の都パリはセーヌ南方ゴブラン通り。その名は15世紀以来の水車を用いたゴブラン織り―ゴブラン家の壁掛用緞通の産業地だった。いまは博物館になっていて、ごく一部で技術保存と後継者育成のため、わずかに操業している。
 ゴブラン織りが壁掛けタペストリー=刺繍なども加えた装飾緞通として知られるように、西欧では装飾緞通は歴史画や風景画など、絵画のように壁に掛けて鑑賞する工芸織物である。
 え! 緞通、絨緞は中近東一帯の床の敷物でしょ!! そう、私のいう「畳めるたたみ」の最たる床面の敷物であり、坐臥具といってもよい。
 それがどうして西欧では壁掛けの工芸織物に?―答えは簡単。西欧では、椅子・テーブルを用いる立働(りつどう)式起居様式。一方東方、オリエントは床坐式起居様式で眼差(まなざし)が床面に近いので、いきおい床の敷物が美しいものに成熟していった(前回参照)。その華麗なカーペットを西欧は、オリエントへの憧れからおおいに輸入したのだが、なんせ立働式起居様式だから、カーペットの上を立って歩き、椅子に腰掛けても眼差しが遠くてよく味わえない。それに椅子・テーブルの脚が邪魔して、折角高価な美術工芸品の全体が鑑賞できない。
 そこで、その真価をよく鑑賞できるよう(お宝自慢の必要から)に壁に掛けた。そこで床材パターンの美が絵画美に変わっていく。そこに目をつけたゴブラン家のせいもあって、中近東の床材が西欧では壁画に変したのである。ま、ここまではまあそれも「よし」としておこう。

◆「主婦の奴隷的家事労働」反対運動から生まれた道具 
 一方でカーペットは中近東と同様、床の敷物としても用いられた。部屋に敷きつめるのが豪奢のシンボルともなり、王俟貴族の歩む先へとカーペットのロールを伸ばしていくなぞは権威の象徴であった。
 カーペット―緞通、絨緞、毛氈、茣蓙、莚、要するに畳めるたたみ、巻ける畳みは床坐の起居での足の楽しみ、身体の楽しみ、眼近(まぢか)にあって目の楽しみの床材である。その上を土足のまま立って歩く生活での敷物にしたのは大きな間違いであり、いわば床材の移入における「異文化の誤解」、というより「異文化の誤訳」であった。
 日本で、畳の上を土足で歩いたら、もう犯罪か認知障害者である。それを西欧ではやってのけたのだから非道(ひど)い。しかし王俟貴族はその尻拭(ぬぐ)い、泥ぬぐいを奴隷か奴隷的使用人に掃除させることで解決した。
 しかし世は変転して、中流の家にもカーペットが普及するのと、人間の奴隷的使役の困難が並行して起こってくる。そこで主婦がカーペットクリーニングの奴隷的労働を代替させられるのだが、「主婦の奴隷的家事労働」反対運動が起きる。真空掃除機の工夫が始まる。床材―敷物文化の誤訳の、便宜的解決法の「結晶」がこんにちの、電気掃除機という一大家電製品ジャンルの元を生み出した根源なのであった。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:33 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑦
世界一周畳の旅
-その4 アラビアンナイト 空飛ぶたたみ

山口 昌伴

◆「畳み」と「畳」
 いまどき中近東の空は忽然ブッシュ花火が上がったり、人工慧星(ミサイル類)が飛び交ったりして、危なくてしょうがない。が、千夜一夜物語:『中近東の夜』(アラビアンナイト)の頃は、魔法のカーペットが翔(と)び交(か)っていた。
 カーペットの語源は中世ラテン語carpetiaで、厚い羊毛布地を云ったが、いまや敷きつめの絨毯(じゅうたん)、毛氈(もうせん)に、置き敷きのRug=マットから床に敷くものならなんでも―テニスコートの人工芝生(ローン)までをカーペットと云う。
 その共通項は巻いたり、畳んだりする床(ゆか)の敷物である。
 我が国の床坐文化の象徴「畳」も、畳床が厚い方がエライ、ということになって、とても折り畳めなくなってしまったが、もともとは床の敷物で、畳めたから畳みと名詞化したものである。そこで私は、昔どおりの畳めるたたみを「畳み」と書き、今に続く畳めんたたみは商品名表示らしく「畳」と書き分けることにしている。そう見ると、人工芝生までカーペットなら畳める「畳み」もカーペットの一類だと云い張れる。そこで標題が「空とぶ畳み」と相成った次第である。

◆中世の空から鳥瞰すると
 さて、空とぶ畳み(カーペット)にうち乗って、中世の空にあがって眼下を鳥瞰すれば、極東の日本では、まさに莚(むしろ)か茣蓙(上等の莚)、朝鮮半島では貴人の茣蓙が置き敷きの厚い「畳めんたたみ」に進化しつつあり、中国ではまだ床坐式起居様式だったから、一般には莚を用い、貴族たちは緞通(毯子(ダンツ)の当て字で絨緞に同義)の美を競っていた。インド・パキスタン・ペルシャから北アフリカを辿(たど)ると、遥か西方モロッコまで沙漠地帯は毛氈(フェルト)や絨緞(カーペット)の世界である。中国では緞通といったが、中国の中世は西安や北京を中心とする河北の乾燥地帯、だから半沙漠といってよいだろう。
 ではなぜこの沙漠、半沙漠地帯では森林地帯の西欧とちがって椅子座せず床坐で敷物(カーペット)だったのだろうか。
 それは海水浴場で実体験をしてみればわかる。海浜の砂浜は帯状の沙漠といってよい。起伏する砂地に椅子や机は据えにくい。そこにカーペットを敷いて坐り、尻でぐりぐりと押しまわすと、尻の下がしっかり支えてくれるようになる。ワインボトルもワイングラスも卓子を据えて載せると水平を保つのが難しく、瓶が倒れてドクドク―ワーイワーイ、といった騒ぎとなる。ボトルもグラスも砂にグリッと押しこめば倒れる心配はない。やっぱり沙漠にはカーペットだ―ま、たまには砂嵐に襲われて、空とぶカーペットはありうるとしてもネ。

◆畳みづかいのすすめ
 アラビアに近い北西インドはパキスタンを旅した。そこはもう本格カーペット文化地帯だった。美しい絨毯をずいぶん目のあたりに眺め歩いた。いずれも丹念な模様で埋め尽くしている。なぜこんなにきめ細やかに美しいのか。そう、床坐生活だから敷物に目が近い。眼差(まなざし)が近ければ、見られる側も美しく繊細に成り甲斐があるというものだ。それに中近東・アラベスク世界の紋様好きが加担しているのだから、絨緞はおのづから美しくなる道理である。
 この「畳めるたたみ」の使いぶりを見ていると、敷き詰めカーペットの上にRug―置き敷きのカーペットを敷き足して自分の坐所を決めこんでいる。畳めるたたみの小型判は「搬(はこ)べるたたみ」でもある。自分の居場所を気軽に移すこともできる。日本のびくとも動けなくなった敷き詰めの、「畳めんたたみ」を見切って、畳めるたたみの原点「美し一便利」の床の具、坐臥具としての「畳み」づかいに立ち戻ってみたらどうだろうか。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:29 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑥
世界一周畳の旅
-その3 私の居城・韓国のたたみ

山口 昌伴

◆一寸偉そうな気分に
 お隣韓国には、日本にあるような敷詰め畳はないが、日本の畳の祖型(もとの形)のような2つのタイプの坐臥具がある。
 ひとつは「たためるたたみ」、茵(しとね)状の敷物で、もうひとつはたためんたたみ(畳(たた)めない畳)。その風景をお伝えしてみよう。
 もう20年ほど前になるが、日韓の比較文化調査で通いつめていた頃のソウルでの常宿は雲堂旅館という純韓国旅館だった(今はない)。仲間と一緒の時に割り当てられる大部屋では、まっ先に陣取ってしまう私の居場所が決まっていた。
 そこは、日本の畳を少し大ぶりにした幅1m余、長さ2mほど、厚さ15cmほどの畳状の分厚い敷物―というより坐臥具。絹布で額縁状に四周を包み、上面は色ちがいの布が鏡状になっている。厚さをつける中身(畳床)は藁ではなく、綿殻と聞いた。どっしりと重く型くずれもしない布包みの坐臥具であり、ボリョーと呼ぶ。その上に肘掛けの長短の前枕と背もたれが置かれている。厚さ15cmの畳状の坐臥具の上にあぐらをかくと、丁度日本の床の間に上がり込んでいるような感覚で、一寸偉そうな気分になって、平床にいる諸君についつい威張った口をきいてしまったりする。

◆たためるたたみ
 私はこのボリョーを日本の貴族の館で置き敷きにして用いていた畳の祖型であると見做(みな)している。その証拠のひとつとして、私は日本の雛祭りの雛壇の最上段、お内裏様の坐っている厚い畳に目をつけている。まさにこれは昔の貴族の館で用いた置き敷きの厚い畳をモデルにしている。その厚い畳の縁(へり)は極彩色の縦縞で、そのパターンの呼称は高麗縁(こうらいべり)である。
 私が韓国で目にした限りでは、ボリョーの縁(へり)は高麗縁を用いていなかったが、高麗は古代朝鮮の国名だから、とびきりの貴族の館ではこれを用いたに違いない。極彩色の高麗縁パターンは女性の晴れ着の衿(えり)に現在も用いられている。
 さて、ついつい威張ってしまうボリョーの上だが、そこには自分の荷物も広げられるし、大の字に寝ることもできる。広い部屋なのにここだけが私の居所、というより居城(いじろ)となって他へは行かなくなってしまう。オープンな座敷牢のように、外から戻ると、私はそこに上り込んでしまう。これを私の家のリビングに設けたら、私は必ずその上でしか暮らさないし、家族も避けて通るので、家族との棲み分けができて良いのではないかと思っている。
 もうひとつのタイプは女性用で、薄い座布団のような敷物。婦人が涼しいところに広げて居すわっていたりする。自分がそこを離れるときは、通行する邪魔にならぬよう、一寸端を折り返したりしている。これぞたためるたたみだなァと日本の、たたみの語を残しながらたためんたたみに変容してしまった姿を想い起こしたりするのである。


道具学会 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:57 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑤
世界一周畳の旅
-その2 たたみとベッド交換船

山口 昌伴

◆進んだ生活という幻想に飲み込まれ
 日本の畳はもともと貴族の館(やかた)の置き敷きの座具だった。畳が庶民のものとなったのは明治の文明開化以降―日本型産業革命の勢いにのって普及しはじめたため。日本の伝統的住宅が庶民の家まで敷詰めの畳になったのは、大正時代になってからである。和風住宅といえば台所の板の間や廊下を除けばどの部屋も畳敷きになりきったところで太平洋戦争。惨敗に終わった戦争で全国の大都市は焼け野原となったが、戦後の復興は畳敷き詰めの復元から始まった。
 しかし戦後はアメリカ文化崇拝の時代で、畳に坐ったり寝たりは遅れた生活様式だと思いはじめ、進歩的ジャーナリズムが畳の不衛生を説くのにのせられたせいもあって、だんだん床坐式の畳が嫌いになっていく。食事は椅子テーブルを用いるのが進んだ文化生活とされ、寝るのも畳の上に蒲団を延べるより、ベッドの方が進んだ生活で、恰好いいとされた。間借りから始まる新婚家庭でも臥具は是非ともダブルベッドでなければならず、畳に襖の四帖半と六帖の、襖を外してベッドを持ち込んだり―見上げれば鴨居が通っていたりの哀(かな)しい風景も。居間の片側に「昼はソファー、夜はベッド」などの工夫がウケたなど、ベッドは憧れの的(まと)だった。

◆素直に畳を見直すと
 敗戦後の日本には海外の著名なデザイナーが日本政府の招聘(しょうへい)で次々とやってきて、モダンライフ指導の講演会を開いたことが多かった。そんなデザイナーの一人、ジョージ・ネルソンがこんなことを言ったという記録が残っている。―日本に来てみて畳というものを初めて知った。畳の床というのは広々していて清々しくて、なかなかいいものだ。私は畳に惚れ込んでしまった。アメリカに持って帰って畳の部屋で寝たいくらいだ。ところがどうも日本人は折角の畳がお嫌いのようだ。そんなにベッドの方がお好きなのなら、こうしてみてはどうか。―アメリカから貨物船を仕立ててベッドを船一杯搬んでくるのだ、そして帰りの船には畳をぎっしり詰めて搬ぶのだ。
 ―このジョークは、記録にはあるのだが、日本人の耳にはいっこうに残らなかったらしく、クスリにもならなかったようだ。後にフランス女性モレシャンさんも「タタミザッション」とか言って畳のよさを讃めちぎっている。
 私も、外人の眼のように素直になって畳を見直してみると、なかなか捨てたものではないように思える。素直な眼でものごとを見ていくことが大事だと思う。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:56 | 住宅道具・考