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カテゴリ:住まいを歩く ( 3 )
住まいを歩く③
住まい手に告ぐ
野辺 公一

ざる法転じて厳格適用に
 何だか『犯人に告ぐ』みたいなタイトルになってしまったが、家をつくる時に最低厳守せねばならない法律の一つに「建築基準法」というのがある。
 かつて、この法律は建前的に運用されていて、3大ざる法の一つ、とも言われていた。しかし、数多の詐欺的な施工やクレームに泣く「消費者の存在」とその利益の損出の大きさから、木造住宅の分野においても、どんどん「消費者保護」へとその政策も法律もシフトしてきている。
 そして、建前と思われていた法律を完璧に運用するために、さらにそれを補完するべく、法律が改正されていく。これが2000年以降の建築行政の特徴とも言える。

工務店との共犯関係はおしまいに
 さて、今回は姉歯元建築士の耐震強度偽装事件以降、木造分譲住宅においても、同様のことが起き、当初戸建ては別でしょう、なんて言っていたのが、あっと言う間に全住宅に新しく建築基準法を厳格化し、瑕疵に備えて、その瑕疵修補しうる資力があるものは「供託」に。ないものは「保険」に加入する、という仕組みまで作られた。
 問題は建築基準法で定める確認申請の方法で、これまで、確認だけを通してから、やおら施主が実はここは窓にしたいんだ、といったことが平気でできていた。
 ま、工務店と住まい手の共犯関係が成り立っていた。
 もしくは、顧客の要望に応えるために「そうじゃないと違反をやれる工務店に頼むからね」などと言う顧客もいて、泣く泣く違反幇助を工務店がしていた。
 しかし、今度の法律改正では、家づくりは確認申請の段階で施工段階での図面が完成していなければならず、訂正や仕様の大幅な変更などは、新たに申請をし直すこととなった。
 つまり、もし、あなたが工事を行っている途中で、少し変えたいな、と思ったとすると再度確認申請をし直されなければならない。ということは、確認申請料を再度支払う。これが原因となって着工延期になることもあり、4月入居が酷いと6月入居になりかねない。

違反建築は工務店等の建築士が処罰される
 ということで、家づくりを行う場合、確認申請時までにきちんと工務店と設計を詰める、ということが否が応でも必要となっている。しかも、その申請した図面を基に家が建っている、ということを証明する完成検査済み証というものが必要となっており、もし、異なっていると、ローンもつかないし、もう少し先の話になるけど保険も付かず、やはり確認申請のやり直し、ということになる。
 工務店や設計事務所も、この段階で違法建築であることがわかった場合、処罰の対象となり、交通違反と同じように点数が引かれてしまう。しかも、免許更新時に点数が戻る自動車の免許証とは異なるので、あなたの「頼むよ、ちょっとした違反で誰にも迷惑かけるわけじゃないんだからさ」というのは、もはや過去のこととなっている。

住まい手にもコンプライアンス意識が求められる
 コンプライアンスなんて言葉がこの業界でも浸透してきているけど、住まい手もコンプライアンスを意識して家を建てる時代に入ってきたんですね。
 そうでないと、三方損ということになる。
 また、違反と承知しながら引き受けるような工務店だとすると、これは「特攻隊」ですから、これまた不幸が待っていて、家が完成するかどうか。完成しても、きちんとメンテナンスをしてくれるかどうか。
 法的な厳格性に適合しつつ、あなたの望む家づくりを行える工務店をきちんと探しましょう、というのが今回のお話でした。
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 11:41 | 住まいを歩く 
住まいを歩く②
生者といのち(死者)の空間へ
野辺 公一

葬祭システムに抗えるのか
 最近、全然書いていませんね、と言われた。旅日記などを目論むとろくなことが。
 突然、仏壇というものが、我が家のテーマとなった。呆然としている間にも戒名、位牌はどうする、仏壇はどうする、墓はどうするといった弔いの「システム化」「制度化」の中で、どう身を任せればいいのか戸惑うばかりだ。
 喪失の悲しみの時間と現実的な時間の乖離はあまりにも激しく、結果として「システム」に身を委ねることとなる。
 葬祭のシステムから意志して離反すると、世の中の常識(葬祭マナー)から大幅にズレるぞ、という脅しもある。だから、このシステムから逃れようとすると、とんでもないエネルギーが要求されることがわかった。
 よく出来ています。葬祭のシステムは。
 しかし、悲しい現実の前にとんでもないエネルギーは湧いてはこない。

スケジュールも容赦なく
 死者となったものとの別離の時間として、様々に各宗教は、スケジュール化がなされていて、それに身を委ねると自ずから喪失の悲しみが薄らぐ、ということらしいのだが、私のように別に喪失の悲しみから逃れたくない者にとっては、いやはやこのいつ成立したのかも不明な現代的な葬祭スケジュールに馴染めずもがいている。
 だが、スケジュールは容赦なく訪れ、一つ一つこなしていくことになるのだが、反発しつつ、かといって代案もあるわけでもない。だからえらく疲れる。
 ということで、現在、仏壇をどうするか、というのがテーマなのだ。

100年住宅を語る方々は「いのち」の持続をどう考えるのか
 戦後消費家族の特徴の一つとして、仏壇のない家ということを考えたこともあったが、戦後消費家族も三世代ぐらいになれば、当然そうした問題は発生する。
 生者だけの空間からいのち(死者)と共生する住宅へと、その空間は一瞬にして変転する。
 こうして、住まいはいのちとの共生をすることによって、住まいとしての全体性、持続性へと至るのだろう、と思う。
 単純なストック議論などしていても仕方がない。いのちとの共生といった部分から100年住宅がどうのこうの、といった議論をしてみてほしいものだ、と思うのであった。
 古民家のばら売りなどを見ていると、まるで臓器のばら売りをしているようでもある。
 いくつものいのちが住み続ける、という(例え住み手が血縁でなくなっても)ことを前提に100年住宅といった壮大なホラ話をつくり出すことが必要なのではないか、としみじみ思う。
 そういえば、100年も持続している墓も実はそんなにはない、と聞いたことがある。
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 11:37 | 住まいを歩く 
住まいを歩く①
旅姿6人衆 北イタリア編
野辺 公一

6人衆再集結
 2006年10月20日、我々は再び成田に集結した。今度の旅は北イタリアがメイン。スローフード運動発祥の地であり、運動事務局のあるブラ村訪問が最大の目的。成田の通関は時節柄いろいろと噂を聞いていたが、JALとアリタリアの共同運行便ということもあるのか、殆どノーチェック。今回は万事亨はお休み。その代わりにそば屋が参加。こうして、山ちゃん、下ちゃん、ジェンキンス、貴雄ちゃん、そば屋、そして私とでイタリアへと向った。何せ、午後1時発の飛行機。機内で眠ることは難しい。機内に約13時間。さすがに疲れる。何とかミラノ空港に到着。現地時間夕方の6時。すらすらと入国。
 レンタカー会社の選定は下ちゃんに。今回は彼の選定依存度が高い。レンタカーもハーツなどのメジャーはかなり高い。しかし、空港レンタカー屋の並ぶ中でもとりわけ小さなレンタカー会社をネットで選ぶと、実に安い。半額なのだ。ここでベンツ9人乗りを借りる。当初、その安さの秘訣はイタリア国内だけの保険しか適用できないので、国外へ出ることは無理、というのが日本での情報だった。スイスへも向う我々は途中でレンタカーの借り直しを検討していたのだが、なーんだ、全然平気というではないか。スイスはEUに参加していない。そんなこともあって心配していたのだが、どうやらこの車でOKとのこと。
 と気楽に書いているが、実は受付のお姉さんの英語とイタリア語のちゃんぽんは私たちには全くわからない。英語、仏語に堪能な下ちゃんにすっかりお任せとなる。もちろんイタリア語とは関係ないのだが。それでも、我々よりは100倍以上もまし。彼は目と耳を吊り上げて聞き、そしてしゃべっていた。
 こうして、彼は今回はツアーコンダクターのような役割を担うこととなり、このストレスを背負い続ける旅となる。韓国では籠の鳥状態。そして今回は通訳地獄になるのだった。

思い通りのスケジュールは最初から挫折していた
 さあ、ここから7泊8日レンタカーによる旅がいよいよ始まる。
 当初、ナビ付きをリクエストしたのだが「ない」とのこと。車を開けるとROMがあるじゃないか。そしてROMを挿入すると、がーん。出てくるのは磁石であった。車の方位がわかる三角矢印が方角を示すだけ。やはりナビではなかったか。ま、いいか。下ちゃんがこの日のためにグーグルアースで目的地ホテル付近の地図を入手。私は、日本でミシェランのイタリア北部地図を入手していたので、ま何とかなるだろう、と例によっての能天気な考えで車はスタートする。運転はもちろん山ちゃん。助手席はからだの関係からも貴雄ちゃん。その後ろの席に私と下ちゃん。これもナビサポーター。さらにその後ろにジェンキンスとそば屋。この布陣で旅がスタート。
 我々が目指したのはミラノではなく、マジョーレ湖畔。今回はヨーロッパアルプスの麓をうろうろするような感じである。
 今回、残念なのは当初我々は2泊×3ヵ所+1というプランでいた。しかし、10月下旬は最後の観光稼ぎの時期。11月に入るとほぼ観光シーズンはおわりを告げ、ホテルなども閉鎖しているところもある。我々がリクエストしたホテルでも既にこの時期閉鎖をしていた。

スロー旅行のはずが4ヵ国強行突破の旅に
 また、スローフードのフェスティバルが開催される予定らしく、狙った地域のホテルが取れない。今やスローフードなるものを実体験するツアーも多く、我々も農家に泊まりアグリツーリズモを体験するというのに参加する予定でいたが、それも満杯。かくして、1泊移動を強行することとなった。ちっともスローじゃない、結果としてイタリア、フランス、モナコ、スイスの4ヵ国強行突破の旅となってしまったのだった。
 ま、旅はいつでも思い通りにはいかない。人生のようだ。しかし、今回はこのスケジュールが我々にとんでもなく疲労とストレスを呼ぶことになろうとは、その時はまだ少しも考えられなかったのであった。

そば屋登場
 ここで初登場のそば屋の概略を。大阪の工務店のおやじ。山ちゃん、貴雄ちゃんと同類である。関西で何故かそば打ちに凝っていて、またそば屋探しに日々奔走するという方。たまたま、出版社を営むジェンキンスが密かに忘年会用に受けを狙って三波春夫の「俵星玄番」(これセリフ部分も入れると10分以上もある顰蹙ソングでもあるが)の勉強中で、飛行機の中でもぶつぶつセリフ部分を練習していた。そして、車が走り出すやその中のセリフである「おお、そば屋かー」が口から出てきた。で、お隣の工務店のおやじは以後そば屋と呼ばれることとなる。
 車は高速を走りつつマジョーレ湖畔を目指す。時速は130キロ程度に押さえ気味。イタリアでは、後ろのシートに座っている人間もシートベルト着用が義務化されているとのことで全員シートベルト。ディーゼルエンジンも全く気にならない。
新たな旅のスタートだ。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 11:28 | 住まいを歩く