地域マスター工務店登録運動 Webコラム

カテゴリ
全体
住まいづくりをチェック
いい工務店との家づくり 
業界コトバの散歩 
工務店ブログ探訪
住宅道具・考 
辣腕記者のヒント
野池主義でいく 
工務店業界サーチ
住まいを歩く 
工務店設計者の日々
NARB of JAPAN 
住宅ローン審査の仕組み
リンク
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
カテゴリ:住宅道具・考 ( 34 )
住宅道具・考④
世界一周畳の旅
-その1 たためるたたみ

山口 昌伴

◆ネパールのたたみ
 ネパールはカトマンドゥの、ネワール族の住居を訪ねたときのことである。時(とき)は早めの朝。朝ごはんをつくって食べる一部始終の記録をとる仕事(タスク)だった。
 ネワール族の住まいは空中土間暮らし。ネワール族は地上に近いほど不浄としており、多層の家をつくる。そして神聖な台所と食事の場は最上階か、その上の屋根裏に設ける。上階の床は大引き・根太の上に柴を敷いて土を盛った空中土間にじかに床坐の生活。ただし、土間の仕上げは牛糞(微細な植物繊維)塗りだから絹のように滑らか。
 食事は外壁ぎわの床に茣蓙を並べる。幅36cm、長さ2mほどの帯状。1枚に3人が並ぶので、人数によって2枚、3枚とつなげる。壁ぎわに幅36cmの敷物だから膝頭は土間にはみ出す。その帯状の茣蓙の前の土間へ葉皿を敷いて、カリーや米飯を手食で食べる。学校へ行く娘たちが制服を着て、いそいそと手を葉皿から口へとはこんでいた。
 その帯状の茣蓙が、長さ2mのユニットになっているので、これって幅が狭いけどたたみだなァ、と思った。使わないときは、折り畳(たた)んだり巻いたりしておく―次の瞬間、これはたためるたたみだ! そうだとすると、日本のたたみはたためんたたみ、だ。

◆欧米文化の大きな間違い
 日本でも、もともとはたためるたたみだったのが、藁床が厚くて堅いほど上等だ、厚いたたみに坐る人の方がエライんだ、ということになってたためんたたみになってきた。
 もっとも、たたみは名詞形で「折りたためるもの」の意で、動詞形の畳(たた)む、という言葉は「積み重ねる」という意味にも使う。昔の農家では、畳は貴重だったので、お客様をするときに畳を出してきて敷きつめ、ふだんは架台の上に積み重ねておく=畳んでおくものだった。
 ネパールから西へ、インド大平原に降りると、そこは床坐の世界。居室にふかふかと敷物を敷きつめ、壁の下部に背当てのクッションを置いて、らくちんに床坐ぐらし。じつは西に行くほど床坐の世界は広がる。床坐すると床が眼近(まぢか)になるので、敷物が美しくなる。華麗なカーペット、豪華な絨毯の世界が広がる。アラビアやリビアの砂漠ではキャラバンサライは砂の地面。厚いカーペットを敷けば砂は上がってこないし、起伏する砂の床でもお尻をグリグリッとねじれば少しへこんでお尻が安定、座卓の脚も安定。
 グローバルに見れば、欧米と中国上層社会だけが椅子座の世界。欧米でオリエント(アラビア方面)の文化に憧れるあまり、カーペットを住まいに取り込んだのはまぁよいとして、裸足(はだし)にならず土足でその上を歩くことにしたのは大きな間違いだった。

道具学会  
[PR]
by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:52 | 住宅道具・考 
住宅道具・考③
畳の力
-瓢箪から駒:洋館から撫子

山口 昌伴

◆和服と住まいの深い関係
 ある朝、私の通勤路になっている女子大生通りに、和服姿の淑女があふれているので目が醒めた。いつもはピチピチ、プチプチのジーパンデニム族が包装いや衣装を一斉に替えて出てきた―女子大の卒業式、かァ。
 一日自衛隊、一日交通巡査と同じ、一日大和撫子(やまとなでしこ)。一日和装しとやか女性、一日淑女。一日も保(も)ちそうにない、あやうい和装。お父さまお母さまのたっての願いを聞き入れて窮屈を我慢ガマンの女子大生。でも、着付けが大変だっただろうなァ。
 着付け屋さんに行って着付けてもらう手もあるが、祖母に帯締めの心得があったり、近所の伯母さんがデキルので来てもらったりして、我が家で変装したケースが多いだろうナ。
 だが今どきの住まい、いずれおとらず洋風の構えで畳の部屋がなかったり、あっても形ばかりで畳の床として使えなくなっていたり。
 板の間にカーペット敷き詰めでも、椅子テーブルの居すわる部屋では和服の着付けはとってもやりにくい。
 まず着物や襦袢を床に広げられない。椅子や机を寄せてスペースはつくれても、脚もの家具の足元の床に着物をじか置きすると汚れる―より穢れるような気がして、椅子の背に掛けたり座面に置いたり。だがアーラ不思議。畳の上ならすべて心おきなく広げられる。

◆畳間の消失と日本人が失ったもの
 それは床坐する床は清浄で、椅子座の場合の床は不浄だと感じる日本人の身についた清浄感のなせるわざだと前回に口説(くど)いた。その、床坐の畳のもつ清浄感が和装の着付けに効いてくるのである。
 畳の力はそれだけではない。ひと昔まえの遊び―歌留多(かるた)取り、双六、福笑い、みな畳の上に広げた。机上で歌留多? そりゃトランプか花札だ。茶の湯・お茶道も机上では珈琲道紅茶道。若者は脚の痺(しび)れが気が気でなくて茶禅一味なんて愉(たの)しめない。今どきの新しい高齢者は坐れなかったり坐ったら立てない。床坐を捨て、畳を見限った日本人のおおきな失くしものは脚腰の強さであり、弱腰になって座布団(おざぶ)の登り降りから身振り手振り、立居振舞の美しさ、身体技法の表現力が失われた。
 歌舞音曲、琴、三味線、謡(うた)い、浪曲、講釈講談、お笑いの一席も坐って演じてもらいたい。
 椅子で噺す可笑(おか)しくもない落語かな。


道具学会 
[PR]
by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:48 | 住宅道具・考 
住宅道具・考②
畳の効用
-椅子座式になって失ったもの

山口 昌伴

◆和式旅館にたてこもり
 私は執筆や編纂の大仕事を一挙に片づけるには和式旅館にたてこもる。洋式のホテルじゃダメなのである。
 8帖、10帖の広間に入るや隅っこに座卓を寄せて原稿を書いたり図版を並べたり、そのキャプションを書いたり。あ、その前にタバコ、ライターは! 灰皿は! お茶オチャ! 卓上はたちまちイッパイになる。
 第1章の原稿や図版、関連資料に1枚の畳を当てて、そこに広げる。第2章の畳、第3章の畳、座卓回りで2帖が塞(ふさ)がるから10帖間なら全8章をまとめるのにうって付け。
 卓上では当面作業の章をいじくり、他は皆畳の上に散らばせておく。
 卓上を作業台、机上面といえば一卓があるのはオフィスと変わらない、がオフィスではそこまでで、他の章を広げる8帖の平面がナイ。
 じつは和室なら10帖、12帖の全面が机上面になる。洋机で8帖の広さの作業台を確保しようとしたら、ま、3尺以上は手も目も届かないので、机を並べてその間を歩き回ることになる。手と目の届く机上面を8帖分用意しようとしたら、通り道が要るので20坪・40帖は要る。

◆和風オフィスのすすめ
 洋式のオフィスだって、床(フロア)は空いている。けど、机上の原稿+資料を床に散らばすわけにはいかない。綺麗に拭き上げてあっても、書いた原稿を床に置けば汚れるような気がする。実際には汚れないのに床に置きたくないのは、汚れるのではないのだから、穢(けが)れを感じるのである。
 畳の床面にはこの穢れ感がない。8帖でも10帖でも「清浄」なのである。私たちが洋風椅子座式を選びとって失ったものは、この無限に広い、何でも置ける、清浄な作業台だったのである。
 どうして椅子・机の作業空間では床面が不浄で私の「玉稿」を散らばすわけにはイカナイのに、畳の上ならオーケーなのか。
 8帖間なり10帖間なりに坐って仕事をしている、ということは、8帖なり10帖なりの巨大な机の上に上り込んでいる、と思えばいい。その広大な机上面にちょっと座卓を置いて書きものをしてる、という図なのである。
 座坐式の和風オフィスつくったら、空間効率抜群だぜ。それが実は素っ頓狂な発想でもないのである。
 明治時代に論陣を張った萬朝報などの新聞社は、民家の2階座敷から発足している。でも新聞事業に成功すると、編集の空間効率としては格落ちする洋館を建てて引っ越している。
 日本では住まいも洋館化を遂げたが、ぐっと広めの座坐空間を続けることを、私はすすめたい。

道具学会 
[PR]
by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:44 | 住宅道具・考 
住宅道具・考①
踏み台のゆくえ
-大工徒弟の渾身の作

山口 昌伴

◆大工の置き土産
 小江戸と呼ばれる川越の町、蔵づくりの街並みを歩く。一軒の老舗を訪ねて茶の間に上がらせていただき、長火鉢の脇にくつろぎ、古家具などを眺めやる。ふと見ると、踏み台がある。踏み台かァ。
 踏み台は四方転びの四角錘台形で、その頂部に平板がチョンと水平に載(の)っている。胴部の正面にはまん円い穴があけてある。使い古した踏み台は黒光りして威風堂々。単純なかたちだが見事な出来で、鋸を引いた手技の魂魄があたりを払う。古家で目にする踏み台は意匠に違いはあるが、いずれも四方転び、頂部の踏み板、正面に円形、扇形(おうぎなり)、巴形(ともえなり)などの穴が共通しており、いずれも凛(りん)とした出来栄えに妙に迫力があるところも共通している。
 その理由を訊ねていくと、だんだん判ってきた。踏み台はそれぞれの家作を建てあげた棟梁の、落成祝いに徒弟に拵(こしら)えさせた、施主への置き土産だった。
 棟梁のもとに弟子入りした大工志願の若僧、掃除、子守り、使い走りばかりやらされて2年、3年、なかなか釘も打たせて貰えない。先輩の道具を見たり、仕事を盗み見たりするうち手を出したくてうずうずしてくる。初めて野丁場(のちょうば)へ連れてってくれても、鉋屑の片付けみたいな手伝いばかり。とうとう一軒できあがって、野丁場を仕舞う秋(とき)がきて、棟梁に呼ばれ「おい、踏み台ひとつ、造ってみな」―初めて仕事らしい仕事が貰えて天にも昇る気持ち。たかが踏み台、されど踏み台。精一杯打ち込んでつくる。たしか台が転んでたっけ、と二方転びにして、こっぴどく叱られてやり直し。「踏み台ワナァ四方転びにしてなぁ。踏み板は隠し蟻にして絶対抜けんようにして、まん円の穴を挽きまわすんじゃ」。

◆四方転びの理
 四方転びは仕口が全部菱形になって、物差しや三角定規をどう使いまわしても寸法が出ない。四方転び、じつは曲尺(さしがね)の裏表を使いまわす曲尺使いの試験問題だった。踏み板の取り付け、穴あけも鋸を持たせてもらう資格試験。踏み台は丁稚の卒業制作(ディプロマ)だった。その造りに気が入っているのも道理である。
 初めての仕事が置き土産となるのだから踏み台は家と共に古い。しかも毎日使われて、びくともしていない。現場の端材の寄せ集めで、形は単純だが、丹精が込められるだけ込めてあるので、大荷重に耐えたり、子どもが馬にして走りまわってもニッとも笑わない―少しも隙(すき)があいたりしないのである。
 近頃、そういう踏み台の若いのを見ない。置き土産に精魂込めさせる徒弟教育がおろそかになってきたせいである。
 住宅事情の流れからみれば、高い所のものを取る必要は増えているのに頑丈な木組みの踏み台がみられなくなったのは、住まいづくりが商品化しすぎたせいだろう。荒物屋で踏み台を、と言ったらアルミの脚立(きゃたつ)を出してきた。木でできたのは? と訊ねたらアル、という。出させてみたら側面が直立の二方転び、これで上にのった人が身をひねったら転ぶぜ―と却下した。理があっての四方転びだったのも忘れられてしまったのか。

道具学会  
[PR]
by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:40 | 住宅道具・考