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カテゴリ:住宅道具・考 ( 34 )
住宅道具・考24
床を掘る その4 ネパールの掘炬燵
山口 昌伴

びっくり仰天
 ヒマラヤの高嶺からインドの大平原にくだる斜面の国・ネパールでびっくりした話。
 首都カトマンドゥ周域に住むネワール族は床坐の民(たみ)。多層の階上でも土を均した土間に茣蓙を敷いて坐って暮らす。伝統的な住まいはどれも同じなので、モダンな暮らしを始めている上流貴族の家を訪ねてみることに。幸いネパール王国の文化大臣も務めたというネパールきっての文化人類学者・V博士の邸宅を紹介された。
 外国からの訪問客も多いので客間などはネパール風を活かした洋風で、居心地がよかった。応接スペースはともかく日常ふだんの生活の場はどうかと台所に踏み込んで、私はびっくり仰天、呆然とした。
 流しや調理台などが土間に立位で働く洋風のキッチンになっているのにはさして驚かなかったのだが、土間の半分が高床の板の間になっている。その板の間の一部をコの字に切りさげて、土間より一寸高い足置きの簀子を敷き、高床を切り下げた四隅に脚を立てて、これを支えに高床上から30cmあがりに甲板を置いている。

V博士、ニヤッと笑う
 なんだナンダこれは!
 日本の掘炬燵とそっくりじゃないか(前回「岩手の掘囲炉裏」参照)。私はそれに出くわしたとたん、私の脳裡に出来ていた地球上の住居の床の形態の分布地図が皺苦茶になったような気がした。
 私はV博士にネパール住居の土座と高床坐のヴァリエーションや分布について、是非もう少しデータが欲しい、と詰め寄った。私の民族住居地図では、ここに掘炬燵が存在していては「困る」のであった。
 V博士、ニヤッと笑うではないか。
 じつは―何週間も日本に滞在したことがある、その時泊めていただいたお宅の居間の中心だったのがこのHori gotatuだったんですよ。私たちは韓国人と同じ立て膝かしゃがみの姿勢で尻を突くか、あぐらですから、日本人の坐り方が辛い。そんな私にも腰掛け式のHoli gotatuはたいへん楽なんです。椅子座式の西欧人にもラク。これはたいへん国際性がある。Holi gotatuを私が発音すると、日本人にはHolyと聴こえるんだそうで、それならHoly gotatuと名づけたら、世界にどっと広がるぞ、と大笑いしたものです。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 16:00 | 住宅道具・考 
住宅道具・考23
床を掘る その3 岩手の踏込炉
山口 昌伴

堀囲炉裏が炬燵に
 岩手県の山んなかに茅葺きの古民家を見つけて訪ねてみる。土間(にわ)から広い板の間にあがる上り框(がまち)のきわの床上に炬燵(こたつ)がある。大ぶりの炬燵櫓(やぐら)にゆったり蒲団(ふとん)が掛けてあって、お婆さんがひとり、いちんちじゅう居たきりのよう。
 その炬燵、間口は3尺(90cm)、奥行きは5尺(1.5m)もある。その長辺が上り框から直角に奥へ向かっている。その上り框側の間口3尺は上り框が凸字に奥へ廻っている。板の間の端の炬燵は掘炬燵になっているのだ。そして掘炬燵の床面は土間とつながっており、底には灰が積もっていた。
 これはもともと土間から板の間に切り込む形に設けた地火炉(地べたに設けられた囲炉裏)だったのだ。土間側からはしゃがんで火にあたれる。床上からは板の間に切り込んだ地火炉に、切り込み端(ばた)に腰掛けて火にあたれる。
 なあるほど、これは秋田で見た土間のまん中の掘囲炉裏(前回参照)を、板の間の端にもち込んだ形なんだ。

「踏込炉」と命名
 岩手山中の冬は寒冷地獄。それでも冬場にも野良へ出ていく用があったり、下屋や納戸で仕事がある。戸外の仕事は寒(さぶ)うて仕事がつづかん。土間に居ても指が凍えてならん。身体、手、足、手指がこわばってくると母屋に飛び込んだ。そして地火炉の火で地下足袋を焼き、骨の髄を熔かすのであった。
 この、土間つづきのオープンな火の具(そな)えを私は、土足のまま踏み込んで煖をとるので「踏込炉」と名づけた。この「踏込炉」は岩手県から東北地方一帯に広く分布していた。
 さて、一人居つづけのお婆さんに戻ろう。冬の戸外や土間での活動を助けた地火炉だった踏込炉は、寒(さぶ)う、さぶう、さぶう、と戸外から飛び込んで火にあたっていたお爺さんも逝って、若い者は都会へ逃げていってしまい、誰あれも飛び込んでこなくなったんで、板の間にコの字に入り込んでいる腰掛け端(ばた)の四隅に脚をたて、板をのせた。そしたらたちまち踏込炉が掘炬燵になった。夏休みになると、都会に行った息子や娘の子たち―お婆さんには孫たちが、故郷の家を民宿がわりにドッとやってくるので、普段は大きすぎる掘炬燵のサイズがちょうどよくなる。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:59 | 住宅道具・考 
住宅道具・考22
床を掘る その2 掘囲炉裏
山口 昌伴

雪国秋田の村里(むらざと)を歩いていたら、豪壮な茅葺きの民家があった。お屋敷拝見を頼みこむと、快く大戸を引きあけてくれた。
 入ったところは広い土間で、間口4間(7.2m)、奥行8間(14.4m)、雪にとじこめられる長い冬の間、秋の穫り入れの始末から春に始まる野良仕事の準備まで、屋内で仕事をするので土間が広くとってある。脱穀機から臼杵までさまざまな道具が置かれていて、高床への上り框(かまち)までは遠い。その途中の土間に広い囲炉裏が切ってあった。

掘炬燵ならぬ掘囲炉裏
 囲炉裏を切る、といっても高床の板の間ではなく土間に設けるのだから、土間を掘り下げて土を搬び出し、底を平均してその真ん中に自在鈎を吊るす。掘り下げた土間面のきわに茣蓙を敷き廻せば、 一辺9尺(2.7m)なら一辺に3~4人並ぶ。四辺で十数名の大囲炉裏。
 土間の上はベンチなどちゃんとした家具を十余人分並べたら大変な費用になるが、土間を掘って茣蓙を並べるだけなら只(ただ)同然。じつにうまいアイデアだ、と私は感心してしまう。

冬の夜ながをワイガヤと―
 じつはこの多勢すわれる大掘囲炉裏、雪にとじこめられた村の老若男女の夜なべの仕事場。1年分の皆の藁草履や牛馬の藁沓(くつ)、手甲脚絆(きゃはん)や背負子(しょいこ)の負い紐を冬の間に作っておく。皆でやれば刻を忘れて根気が続く。手はふさがっていても口は空(あ)いている。ワイワイガヤガヤと話が弾(はず)めば歌も出る。若衆のあいだには恋も芽生えるっちゅうもんだべね。
 いまどきの住居は都会・郊外・農山村、みな少人数家族に分かれて住み、孤立化し、あまつさえ家庭崩壊しつつある。近隣コミュニティに皆が勝手に集まれる場所があれば新たな絆(きずな)も生まれよう。公民館共同利用施設なんてものでは気勢があがらない。自分の住まいを開放したらどうか。高床でも床を切り下げたら、費用は只同然でワイガヤ楽しい空間ができる。真ん中に薪ストーブなんか据えたら、ストーブのほうも孤独から救われよう。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:58 | 住宅道具・考 
住宅道具・考21
床を掘る その1 蛸壺鍛冶
山口 昌伴

初対面は鍛冶屋の上半身
 佐渡ヶ島は南岸の港町を探索に歩いていた時のことである。古い町並みの看板に○○鍛冶とあって、草刈鎌や菜切包丁のペンキ絵が添えられている。包丁鍛冶かァ―とガラス戸を引く。
 コンニチワァ~と呼ばわると、人の姿は見当たらず、低い所からの声がオウと応えた。椅子・テーブルの脚元を伺うと、人間のトルソーが! トルソーは胸から上だけの胸像である。下半身の無い生きているトルソーに一瞬ギョッとした。鍛冶屋の親父、土間に穴を掘って、その底に立っているのだった。

蛸壷掘って土間を机に
 地面を掘って身を潜(ひそ)める、といえば戦争の場面を想い浮かべる。野戦の白兵戦で地べたに人の通れる深い溝=塹壕(ざんごう)や一人が入る蛸壷を掘る。塹壕・蛸壷から肩まで出して銃を撃つ。ここでは鍛冶屋さんが蛸壷に入って、手近な地表面に金床(かなとこ)の面を1寸(いっすん)(3cm)ほど出して埋め込んであり、その上で槌を打っている。ナアルホド、と私は感嘆した。
 野鍛冶は地べたに坐って仕事をしているのが普通である。床坐といっても厚さ3~4寸(9~12cm)位の坐板などを敷いて、古坐蒲団などを当てがい、片脚は立て膝にして、もう片一方で鞴(ふいご)を踏んだ。今は小型の電動送風機シロッコ・ファンをスイッチでオン・オフして、小粒のコークスの小山を赤めている。机の前で立ってやる方が楽だろう。鞴に脚を使わなくて済むようになったのだから、机にしたらどうかと鍛冶屋の親父も考えたに違いない。しかし重量を利かして打つ金床(厚さ4~5寸(12~15cm)はある鉄塊)を机上に載せて、槌でぶっ叩く力に耐える机は相当頑強に作らねばならない。それに鞴の風をコークス粒の小山の火床へ送り続けなければならない。机上に火床を設けるわけにはいかない。打ち鍛えるのは机上、でも火で赤めるのは地べた、では具合がよくない。
 そうだ! 土間を掘って、その床に立てば地表が机上面になる。金床は地面が支えればビクともしない。それに火床もコークスも地面に広げられる。

手仕事に、地面は広い机上面
 それに、頑丈この上ない鉄の机を作ったとしても、机上面の面積はあんまり広くはできない。穴を掘って自分が入れば四周には無限! といってよい机上面(作業用の床面)が広がる。材料も、中途の製品もどんどん並べてすぐ手に取れる。ひと休みするには―蛸壷に降り立つために3段ほど設けてある石段に腰掛けて一服。火床と金床を相手にする鍛冶屋の発想は同じところに行きつくらしく、私はその後九州でも蛸壷鍛冶に出会ったし、仲間に話すと各地で「見た」という情報が沢山集まった。
 手仕事にとって、椅子・テーブルの作業で一番困るのは机上面の面積が限られていて、材料や工具を置くと仕事する面積が狭められ、仕事が広げにくいことである。たとえば衣服、ことに和服などにミシンを使うには、周りがよっぽど広くないと仕事が広げられない。ならば床を掘って蛸壷ミシン、掘りミシン、というのはどうだろう。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:57 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑳
世界一周畳の旅 その15 
日本にもあった尻突き小椅子

山口 昌伴

中国は雲南省の竹楼の拉(ひし)ぎ竹フローリング=竹をたたんだ竹たたみの床坐ライフに日本の丸チャブ様(よう)食卓と、トルコ帽を伏せたような、しゃがみ姿勢で楽ちんな「尻突き椅子」を見つけた。

尻突き椅子に2種類あり
 今どきの日本では畳に坐るのも、床坐から立働に移るのも辛くなっている。日本ではこんな楽ちんな尻突き椅子(筆者命名・前回参照)がなぜ発展しなかったのか。
 じつは日本にも、しゃがんだ姿勢を永もちさせるために、下からお尻をちょっと支える尻突き椅子が2種類あった。
 ひとつは土間の竈前で、じっとしゃがんでいなければならないお尻をちょっと支える、藁を束ねて縄で巻き固めたもの。直径8寸(24cm)、座面高さ7寸(21cm)ほど。1年もたたずに汚れたり傷んでくが、そんなもの竈にくべて新米の季節に新調したらいい。
 もうひとつは風呂場の木製だった小椅子。坐面は8寸(24cm)×4寸5分(13.5cm)ほど。その下にハの字に板脚が斜めの蟻仕口で付けてあって、脚が開かないように下方に角材を渡して板脚の両外側に込み栓を打ってある。そのサイズといい、板造りの合理性といい、シンプルなデザインといい、非の打ちどころのない「完成された坐具」である。
 風呂場で身体を洗うのに尻を突くのにこよなく便利。これがなくてはしゃがみだったら身体がよろけるし、脚を洗うのに床に尻をおとさねばならない。立って洗えばシャボンの泡が湯槽(ゆぶね)に浮いたりしていけない。
 銭湯では、これを1人1脚ずつ用意、なんかしてくれないから、湯を汲む桶を伏せて尻を突いた。木桶がプラスチックに変わると体重でめげるので、桶状の形から三脚を刳り残した三脚スツールが作られた。尻を突く面のまん中に丸い穴をあけて少し凹んで水が切れるようにしてある。
 木製の尻突き小椅子が作られなくなり、作られても高級なので、銭湯用のプラスチック尻突きスツールが家庭の御風呂にも入ってきている。
 今は見かけなくなった完璧デザインの尻突き小椅子にそっくりの構造のものが、実は弥生時代の登呂遺跡から出土している。竪穴式住居以来の土坐住まいはずいぶん続いたが、土間に藁座が残ったが、木製ハの字板脚の方は風呂場に残っただけで、尻突き椅子は高床の居室の方には上がってこなかった。

なぜ尻突き椅子は床上で育たなかったか
 どうも日本の高床の上では、平安時代の寝殿造りの板の間に敷いた敷物(茵(しとね)の類)が厚いほど身分の高さを表すことになって、厚さを競う置き敷き畳となり、室町時代にはたくさんの客人をもてなす書院で敷き詰め畳の上に座っていただく風習となり、書院造りは武家の舘(やかた)だから、武士は畳の上に座り、殿は胡坐、家来は正座―しゃがんで尻を支える、なんてことは許されないのが伝統となって、明治末から大正時代に庄民にも広まって敷き詰め畳の上でも、武家モデルが伝統的格式となった。そこで尻突き椅子は不浄の土間や住まいのはしっこの湯殿には残ったが、屋家の方には出る幕がなかった、というのが私の見解である。
 床坐ぐらしの完璧さを楽しむには、よそ行きスタイルの武家モデルなんかうっちゃって、少し高さのある尻突き坐具を用いたらどうか。じつは私、自然とそうしている。床坐がしんどくなると、K辞苑が手頃なので、これに尻を突いていたりするのである。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:55 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑲
世界一周畳の旅 その14 
雲南竹楼の尻突き椅子 PART2

山口 昌伴

腰かけるよう尻を突く
 雲南民居の籐製円(まる)チャブのまわりに大型トルコ帽状の物体を発見した私、何だナンダと正体を突きとめかねているところへ、若い女性がやってきた。中国語でいえばジュジェ、韓国語でアガシ、アジアの若い女性はみんなかっちりした細身のいいスタイル。肌が綺麗なので色黒が健康美に輝く。その優艶美女がその大型トルコ帽のような未確認物体にドカッと尻餅でも突くようにお尻を突いた。上面直径8寸(24cm)、床面9寸(27cm)、高さ6寸(18cm)ほどの円錐台形の物体は低い小椅子だった。家具用語的には座具であり、椅子にはちがいないが、座面高40cm以上の西洋椅子とは区別したい。本稿第16回ではパキスタンの低椅子を平椅子と名付けて、西欧の椅子を高椅子と呼びわけたが、このトルコ帽タイプは坐面が平椅子のそれよりぐっと狭くて平面性がないので、平椅子とは別種としたい。細身の身軽な体駆に似合わぬドカッと尻餅突くが如き意外性も含めて、これを私は「尻突き椅子」と名付けた。

パキスタンの平椅子
 パキスタンの平椅子は、日本の座布団に脚が生えたようなものだと云ったが、日本の床坐ぐらしの畳の上の座具、座布団は雲南竹たたみ上の坐具、この尻突き椅子と対比される。
 座布団の本体は、家具としての坐具ではなく、むしろ床の敷物の小型化―1人用敷物の発展型と見るべきであろう。座布団を用いても床座の姿勢=体位は変わらない。これに対して尻突き椅子は床に坐るのとはまったく違う体位を支える家具としての坐具である。尻突き椅子は、しゃがむ姿勢のときのお尻を支えて、しゃがむ体位=姿勢を楽に続けられるようにしている。
 しゃがみの姿勢は、見た目には優雅さには欠ける。尻が低くなるので、膝は上向く。お尻を支えると、上身はぐらつくので、3点支持して上体を安定させるために足と足の間をあける。膝を高くして脚を開く形になる。特に座卓に手が届くように近くにしゃがむと脚を開く必要がある。見た目はエレガントでないし、よそからの視線もアブナイ。けれども楽はラクである。

西欧高椅子の欠点
 床面に坐ると、脚が痺れやすい。胡座(こざ・あぐら)をかくと痺(しび)れにくいが、しゃがむ尻を支える方がラクである。床坐でもしゃがみでも、立つ用はひんぱんに起きる。床から立ち上がるのも訓練次第だが、しゃがみから立つ方がよっぽどラクである。西洋高椅子は、それはそれで体位はラクだし、歩行の体位に転ずるのは楽である。しかし、床面には手がとどかないので、広い床面が作業台に使えず、限られた机上面でいろんなことをすることになる。これが椅子座―西欧高椅子式起居様式の欠点である。
 日本の近代は、床に坐るのと、西洋高椅子に腰かけるのとの二者択一を迫られて、西欧高椅子の方に降伏しつつあるが、その中間にも選択肢があっていい筈であるとはつねづね思っている。それがしゃがみを支える「尻突き椅子」だったのかァと私は気がついた。日本にも実は「尻突き椅子」はあった。次回紹介する。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:54 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑱
世界一周畳の旅 その13 
The椅子 雲南竹楼の尻突き椅子 PART1

山口 昌伴

◆中国雲南と日本、どっちも「たたみ」の上ぐらし
 中国西南端・少数民族雲南タイ族の民家は「竹楼」。日本でいう総桧(ひのき)造りという言い方で「竹楼」は「総竹造りの楼閣」ほどの意。竹楼は地上階は木の柱が林立する吹抜けピロティー。高床の2階居室の床は丸竹を割って圧し延ばした(拉(ひし)ぎ広げた)拉ぎ竹、のし烏賊ならぬのし竹フローリングだと前回紹介した。圧し延ばす(拉ぐ)ことを「たたむ」とも言う。「彼奴(あいつ)邪魔くせえ奴だからたたんじまえ」なんて言う。そのたたんじまったものが「たたみ」である。雲南タイ族の竹楼にはそういう意味での竹の「たたみ」が敷きつめてあったのである。
 その竹たたみの上での生活は床坐式――床に坐ったり、しゃがんだり、寝たりの起居様式である。日本も伝統的な住まいは高床の上で床坐式だった。といっても、こっちは床高2尺(60cm)ほどだったし、「たたみ」は藁を厚くたたんだ上に藺草を織った(たたんだ)畳表(たたみおもて)だった。でも夏には少し暑苦しいので、竹皮を編んだ薄縁(うすべり)を敷いて夏座敷に仕替えた(京都ではこの夏向き・冬向き・インテリア転換を「建替え」といった)。なァんだ、雲南民居(中国では日本でいう民家を民居と書く)とおんなしヤンカ。そう、雲南は亜熱帯、常夏だからずっと夏座敷でとおしてる、というわけである。
 その、日本と同じような「たたみ」の上での床坐式の起居様式は日本とおんなじか、というとひとつ「おおきな」ちがいがある。標題に掲げた「尻突きの椅子」を用いる点がおおちがい、なのである。

◆座蒲団と尻突き椅子
 雲南タイ族・竹楼の階上に上がった私、ふ~むフムフム竹のたたみで床坐ぐらしかァ、ニッポンとおんなしやんかァ、としきりに感嘆して、歩きまわったり、坐ってみたりしていた。そのうち部屋の端っこの方に坐卓があった。甲板高さ尺~尺1寸(30~33cm)ほど、直径3尺(90cm)ほどの円卓で、藤の幹で脚部と甲板縁を造り、甲板は藤の皮で編んである。卓袱台(チャブダイ)とおんなしやんかァ。それも正調チャブ台の円(まる)チャブである。卓袱台は大正時代、まだ伝統床坐だった住まいに箱膳などの銘々膳にかわって登場した。「近代家族の平等」を象徴する「共用の食卓を使う食事文化」のライフスタイル・ニューモード坐卓だった。それが雲南竹楼には大昔からちゃんとあった。あたりまえだよなァ、竹楼とはいえ「たたみの床坐」生活だもん、当然食卓は卓袱台様(よう)坐卓にナル。
 そう納得した次の瞬間、オヤッ? 円筒を短く切って切口をふさいだようなものが点々とある。その円筒の下方が少し開いていて、円錐台形なので、私はとりあえずトルコ帽と名付けた。頭に冠(かむ)るトルコ帽より、直径が少し大きい。この大型トルコ帽とは何だナンダ。これが標題に掲げた「尻突き椅子」なのであった。次回でタネあかし。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:53 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑰
世界一周畳の旅 その12 
北ラオス山中の夏座敷

山口 昌伴

◆竹づくめの民家・竹楼
 中国西南端、雲南省から北ラオスの一帯は稲作文化の源流とされているが、竹を徹底的に活用する竹活用文化の源流でもある。もっとも竹はイネ科の木本(もくほん――草本・そうほんに対する)の植物だから稲と竹を合わせてイネ科文化複合(コムプレックス)と言ったらいい。
 道具学会ではこの一帯を日本文化の源流地帯とみて、近代西欧技術文明以前のものづくり技術システム(以下、原(げん)技術と略す)の姿を求めて、最近は北ラオス山中の集落を訪ね歩いている。
 原技術踏査の指標は藍染めと竹紙(若竹のセルロースを用いる漉き紙)が中心だが、私は雲南から続く山中の民家・竹楼が気にいっている。竹楼とは総桧(ひのき)ならぬ総竹造りの楼閣、ほどの意。ラオス山中の竹楼は柱・梁などの軸組みは木造だが、床・壁・天井(小屋裏)はすべて竹、それに屋根を葺く草はイネ科である。
 竹楼は地上階(グランド・フロアー)は柱だけの吹き抜けピロティ、その上階(ファースト・フロアー)が居室になっている高床住居。

◆竹をたたんだひしぎ竹
 その2階床は大部分が拉(ひし)ぎ竹。拉ぎ竹というのは丸竹に大きく割りを入れ、竹筒の表面にたくさん鉈目を入れて、割りを広げ、圧力を加えて平らに延ばす。圧(お)し付けて潰すのを「拉(ひし)ぐ」と言う。いわば竹を「延し烏賊(のしいか)」状にする。直径3寸(9cm)の丸竹を拉ぐと、2πrで28cm余となる。びっしりと割れの入ったスケスケの延し烏賊、いや、延し竹になる。延し拉ぐことを「たたむ」とも言う。
 この延し竹、ひしぎ竹は「たたみ竹」と言うこともできる。これを真竹を根太にして床に敷き詰めると「ひしぎ竹」。「たたみ竹」あるいは「竹たたみ(竹をたたんだもの)」フローリングになる。これは藺草の畳表(たたみおもて)より隙きが多く、光も風も通し、こまかい埃はちょっと拭えばみな床下に散り去ってしまうので掃き掃除に塵取り(ちりとり)がいらない。竹皮の表面は角皮素(クチン)を主成分とするクチクラ(cuticula ラテン語)質で硬質合成樹脂をラミネートしたといってよいツルピカ仕上げ。固く絞った雑巾で拭きあげれば藺草表より冷たく涼しい。
 そういえば日本でも冬座敷を夏座敷に仕替える時に藺草の畳表の上に竹皮を編んだ「網代(あじろ)」と呼ぶ敷物を敷いた。なんだ亜熱帯のラオスだから年中夏座敷でいいんだぁ。たたみ竹の夏座敷、畳の世界はそんなふうに北ラオス山中の坐る文化との連携が見出せるのであった。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:52 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑯
世界一周畳の旅 その11 
パキスタンの平椅子

山口 昌伴

道具学会比較道具文化探検の予備踏査でインド北辺のパキスタンを徘徊していた時のことである。

◆坐蒲団に脚が生えてる
 ちょっとした広場の片隅で焜炉ひとつで揚げものを食べさせる露店があった。焜炉のまわりに坐蒲団のようなものが点々と低い空中に浮いているような寸景を目にした。なんだナンダと近寄って眺めると、尺2寸(36cm)四方ほどの四角い木枠に麻紐を碁盤目に編んで張ってある。その木枠の四隅に坐面から7寸(21cm)ほどの脚が出て坐面を地面から浮かせている。背もたれは無いので、坐蒲団が浮いてるように見えたのだ。
 坐蒲団に脚が生えてる、というのが最初の印象だった。こりゃあラクちんだ。地べたにしゃがむお尻をちょっと支えてくれる。この椅子は西欧の坐面40cm以上の椅子とは類型として異種である。そこで私は、これまでただ「椅子」と呼んで済ませていた西欧の椅子を「高椅子」と呼び、パキスタンの「坐蒲団に脚の生えた」ような坐面の低くて広さは一応あるのを「平(ひら)椅子」と呼び分けることにした。

◆もうひとつの坐る文化・たたみ表(おもて)椅子
 藁などを並べ重ねることを「たたむ」という。藁をたたんで厚い藁床(わらどこ)をつくるのが畳の語源である。日本の昔の畳は貴人の座所に厚さ(坐面の高さ)を競ったので1枚の厚さ7cmほどの畳を3枚、5枚と重ねた。桃の節句に飾る雛壇は、平安時代の宮殿をモデルにしている。そこで最上段の内裏さまの座っておられる分厚い置き敷き畳の厚さを測ってみた。そしてお雛さまの座高と比例計算したら厚さ45cmあった。お祭りディスプレーだから多少は誇張があると見てよい、とすれば和畳3枚重ねの21cmでパキスタンの平椅子の坐面高に近いものになる。
 麻紐を編んだ坐面は、まあ藺草を編んだ畳表の仲間の一種である。そう見れば、パキスタンでは日本の重ねがさね厚畳の坐面だけを空中に浮かして尻をのせている格好である。いわば平安時代の公家のお内裏さまが厚い置き敷き畳の端に足を出して座ってる恰好である。
 日本の伝統(だった)敷き詰め畳以前の敷き方、置き敷き厚畳の坐る文化はこうしてパキスタンの平椅子に「そこはかとなく」つながっているように見えてきた。
―もしもしお内裏さま、7寸(21cm)の坐面の端に足を床につけて坐ったら坐面より膝が上がる「しゃがみ」姿勢になるので、ちょっとしどけないですね、お雛さまとしてはお行儀がわるく見えますよ。でも楽はラクですよねぇ。
 日本でもこれ常用してみたらどうですか。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:50 | 住宅道具・考 
住宅道具・考⑭
世界一周畳の旅 
起居様式の和洋折衷 内モンゴル

山口 昌伴

道具学会比較道具文化探検:内モンゴルの旅での大発見、である。

◆広い土間で椅子・テーブルぐらし
 半砂漠に半(なか)ば定住しつつある地帯で定住型の民家を訪ねてみた。冬は極寒なので住まいは厚い壁で囲って窓は小さい。その屋根は弓なりの肋骨状に架けた細い木の上を草で葺いて土をのせたドーム状で、テント住まい(パオ)を想わせる。庭から屋内に入ると左右に分かれるつきあたりは台所。土間のつづきの右側は個室が仕切られており、左側は広間になっている。広間も土間で、土足で椅子・テーブルを用いる洋風の起居様式。洋風は西欧風の意だが、西欧へ、日本からは大洋を越えていくので西洋風、洋風といっているが、中国やモンゴルからは陸つづきで西へ行けばよいのだから、あちら式は中国では西式と言っている。日本でいう洋服は中国では西服というが如し。
 だから土足に椅子・テーブルの起居様式は、標題に洋式と掲げたが西式というべきだろう。

◆高床式床煖房・(かん)
 さてその広間だが、西式土間の奥に一段上がった奥ゆき一間(二米)ほどの平場がある。日本でいえば土間から上り框を上ったところの板の間にあたる、一段上がり(高床)の平面がある。
 じつはその高床の床下をまん中の台所の竃の排煙を通して他方から屋外へ放出する高床式床煖房「かん」になっているのである。床煖房といえば朝鮮半島の温突(オンドル)が想い浮かぶが、温突は地盤面からせいぜい30cm上りの低い床で、台所の竃の排煙を通すために台所(釜屋=プオク)の床面を地盤面より60cmほど掘り下げている。「かん」では台所を下げずに床を高くしているので、排煙を床下に通して排熱利用をするには高床にしなければならないのである。「かん」は中国東北部から中国北辺部、モンゴル南部から青海省にまで分布している。
 もう一度、土間の広間を想定しなおしてほしい。土間では西式の椅子・テーブルで起居している。その奥の高床の上では日本の和式住居と同じ床坐式の起居様式で暮らしている。「かん」の上面には坐卓が置かれ、書きものをしたり食事をとったりしている。その坐卓は(脚を折り畳むか否かは別とすれば)どう見ても日本の卓袱台である。なァんだ、大正時代に創出され、一大ブームを呼んだ大正モダン家具・卓袱台の元祖型はここに、とっくの昔からあったのかァ。就寝するときは、極寒期にはとくに、「かん」の上でなければ凍死してしまう。当然ベッドなぞは置かず、高床の上へ蒲団を敷いて寝る。

◆見事な和西折衷
 朝が来たら、寝床を出て、土間に降りて洋式、いや西式の生活が始まる。「かん」の上の高床・床坐・床寝の場所とを合わせ見ると――全体が広い一室なので当然一望できる――これは見事な和洋、いや和西折衷である。
 そしてその「かん」の上、高床には「たためるたたみ」うすべりや敷物が敷かれている。日本のような厚い畳床(どこ)にしたら折角の「かん」の暖か味、その有難味を削ぐので、薄手の「たためるたたみ」の方がいい。
 日本では「住まいは夏を旨とすべし」だったから湿気を吸い、吐く厚い床の「たためん(たためない)たたみ」と相成ったのであるなァ。この見事な和西折衷を見つめるうち、そこまで読めてしまったことであった。


道具学会  
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 15:48 | 住宅道具・考