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カテゴリ:NARB of JAPAN ( 9 )
NARB of JAPANの実現へ向けて⑨
スタンダードな住宅をつくるための学校
小池 一三 ■ Ichizo Koike

建築家の趙海光(ちょううみひこ)さんと、スタンダードな住宅をつくるための「定番学校」を開いています。1月に第1回の学校を伊豆高原で開いたところ、評判を聞いた工務店から声が掛かり、第2回学校を、急遽浜松の舘山寺温泉で開くことになり、こちらも定員いっぱいになりました。
 わたしはOM時代に、秋山東一さんたちとフォルクスシステムをやり、そこで工務店が学んだ設計「言語」が、このところ花開きつつあることを感じています。工務店が設計「言語」を自己化するには時間を要し、ここに来るまで10年掛かりました。
 フォルクスシステムは、当時OMが数千万円の予算を掛けて開発しました。3年で600戸の棟数に伸びましたが、そのあと急速に萎みました。協会が販売するものが減ったのであって、フォルクスシステムが減ったのではありませんでした。ほかで部材が安く入手できるようになると、工務店はそちらに流れます。当時は腹立ちを覚えましたが、それが工務店の生き延びる術であってみれば、むべなるかなです。
 フォルクスシステムは、集成材と構造用合板を主材とするものでしたが、設計手法をそのまま活かして、「近山」材の家にも適用されるようになりました。4mグリッドによるベースとゲヤによる設計「言語」は、実に重宝なものとして工務店に生き続けました。
 昨年、グッドデザイン賞を受賞した工務店の建物に、この影響を見るのは、わたしだけではないと思います。秋山さんの設計「言語」が、このところ花開きつつあると書いたのは、このことを指しています。
 わたしは秋山さんにお話して、「もう一度、勉強する機会をつくりませんか」と働きかけました。そして、秋山さんだけでなく趙海光さんにも呼びかけ、先の「定番学校」の開催となったのです。
 趙さんは『七人の侍』を集めようと言っています。これに呼応してくださる建築家が、すでに何人かいらっしゃって、秋山東一さん・三澤康彦さん・郡裕美さん・村松篤さん・正井徹さんなどが「やりたい」「やってもいい」と言明されています。
 システム構築費用は、かつてのOMのように出るところがありませんので、まず建築家にプレゼンテーションしてもらい、参加する工務店が費用を応分に負担する方式としました。参加費は1社18万円です。1社で建築家に依頼すると数百万円の費用が掛かりますので割安です。建築家は15社も集まると、まあまあの収入になり、二次、三次と開催されれば1軒の設計収入を上回ります。その代わり、集まらないと自らリスクを背負うことになります。
 工務店は、このシステムを用いて建物を建てたら、建築家とプロデュサーであるわたしを、交通費・宿泊費を出して招待しなければなりません。招待された側は、意見を述べることが義務付けられています。この見学会には、参加工務店も自費参加できます。そこでのあれこれの発見が、実は工務店にとっても、建築家にとっても大きいのです。
 この一連の仕掛けによって、新しい設計「言語」が生まれ、それを工務店が身につけることができれば、そこからまた「スター工務店」が誕生するのでは、と秘かに思っています。

(有)小池創作所 
ブログ「小池一三の週一回」更新中 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:25 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑧
エンド・ユース・アプローチという発想
小池 一三 ■ Ichizo Koike

揚げ足を取るのは簡単だが
 洞爺湖サミットが開かれる周辺の町で開かれた「すまい教室」で1時間ほどお話してきました。地元の関心は、地球温暖化よりも冷え切った経済が、このサミットを機会によくなるのかということにありましたが、それでも、地球温暖化への関心は確実に高まっているとの実感を持ちました。
 僕の話は、自然エネルギーはベストミックスで考えるべきで、太陽熱や、風力や、バイオマスを単体で取り上げて、曇りの日には太陽熱は使えない、風の吹かない日は風力はダメ、山が機能していないと木質バイオマスは安定供給されないなどといって攻めるのは間違っていること、それから、エネルギーは供給側から考えるのではなくて、最終用途の側から考えるのがいいという、いつもながらの話でした。
 この話は、去年の中越沖地震以降、聞く方の相槌が大きくなっていることを感じます。 僕が「原発が好きなのではなくて、暖房や冷房が欲しいのですよね」と言うと、ウンウンと相槌が打たれます。

ウンウンの相槌が増えている
 この話は人を選ばない話で、東大や京大の大学院生を相手にする場合も、工務店の方々を相手にする場合も、市民生協の方々を相手にする場合にも、一様に相槌が打たれます。 ヘリコプターから映し出された無人(映し出されなかっただけで人は中にいたり、映像に映らないように隠れていました)の原子力発電所と、その後のニュースは、それほどに強烈な印象を残していて、起こり得る現実を、人はそこに見たのでした。
 この話に続いて、僕が「石油を飲みたい人はいませんよね、自動車を動かすエネルギーが欲しいのですよね」というと、最近の石油の高騰を受けて、やはりウンウンと相槌が打たれます。エゴだと言われたトヨタが、プリウスによってエコに転換してから業績を急激に伸ばした事象は、エンド・ユース・アプローチの有効性の証左です。
 海外に日本の省エネ技術を普及することを、最近、日本政府はいい出していますが、産業経済省のベースではなく、簡単に利用されて、有効性の高い技術にもっと目を向けて、国内的にそれを奨励し、その事績を以て世界にアピールすることを大切にしてほしいと、僕は思っています。その際、有効なのは自然エネルギーをベットミックスし、エンド・ユース・アプローチする発想だと思っています。

(有)小池創作所 
小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:22 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑦
技術アイデンティティの滅失
小池 一三 ■ Ichizo Koike

お断り
 『小池一三の週一回』に乗せたブログの文章です
 以下は、私のブログ『小池一三の週一回』に乗せた文章ですが、皆さんにも読んでもらいたくて転載します。さぼって転載するわけではありません。最近の工務店の技術に対する視点の問題を書きました。


技術の本領
 ムク材に適正な接合金物として知られるロケット工法の本を作りました。
 『木工法に夢をみた―ロケット工法ものがたり』というタイトルをつけました。140pの本で、『住まいを予防医学する本』に続いて、今年2冊目の本です。
 この本の前半は、この工法の発明者である齋藤陸郎さんの半生を綴りました。この技術のアイデンティティは、何より発明者その人にあると考えたからです。
 いつものことですが、本を作りながら、いろいろなことを勉強しました。
 平嶋義彦名古屋大学名誉教授に教えられて、木造住宅の起源に興味を持ち、奈良橿原考古学博物館を訪ね、佐見田宝塚古墳から発掘された家屋文鏡を見に行ったり、富山・桜町遺跡について調べたりもしました。世界遺産にもなっているロシアキジ島の奇跡の建築とされる教会の写真を富井義夫氏からお借りすることができました。
 また、本居宣長の『玉勝間』を読み込み、出雲大社の歴史を調べる過程で、大林組がバーチャルプロジェクトとして取り組み、張仁誠氏が復元した絵も提供いただけることになりました。 唐招提寺の校倉造にカメラを据え、光と影の微妙を求めて、日長一日シャッターを押し続けたりもしました。お借りしたもの以外、今回の本の大半はぼくが撮りました。
 調べ、勉強しながら、外来技術である柱・梁構造とは別に、わが国古来の技術として柱・厚板構造の歴史があることを知りました。また、貫工法が法隆寺の建築を遡ること3000~4000年も前に存在することも知りました。さらにはまた、筋交工法が明治以降の外来技術であったことも……。

技術評価エネルギーから本が生まれた
 ロケット工法の真髄は、フレーム接合における金物と伝統工法の融合にもありますが、ぼくは何といっても、「さくりはめ」によるテラパネルに、この技術の卓越をみました。構造面材との二重の壁は、これ以上ない強さを持っていて、地震列島の上に建つ住宅技術の一大成果だとみました。それで、ぼくはこれを「Wウォール」と名づけました。
 テラパネルは、柱に溝をつけて板材を「さくりはめ」するわけですが、平嶋先生は、これは地震に対して減衰効果を持つ壁だといわれました。倒壊を抑止する「倒壊抑止壁」ですね、と申し上げたら「そうだ」とおっしゃいました。
 構造用面材は、実験で強烈な地震の振動を与え続けると、やがて釘が飛んで滑落します。剛性は、それ以上の剛性を与えられると脆いのです。伝統工法と同じような減衰効果を持つテラパネルは、「柔の技術」なので、地震波を柔らかく受け止め、そのことによって構造用面材の釘が飛び、滑落に至ることを抑止してくれます。補完作用が働くのです。
 わたしは技術者ではありませんが、始めにOMソーラーに接したときの感動が蘇りました。おもしろい、と思いました。この技術を埋もれさせるのは、もったいない、と思いました。技術本体によって与えられたエネルギーが、短期間でこの本をまとめさせたのだと思いました。

最近のFCやVCの低迷要因
 この本のご縁があって、静岡の片山建設さんからパンフレットの作成に依頼がありました。それで先日、社長さんとご子息の専務さんにお会いして、あれこれお話しました。
 片山建設さんはロケット工法の片山建設として、この工法の草分け的存在のお一人です。しかし、ロケット金物を用いられてはいますが、コストの関係から、テラパネルはお客の要望がなければ、あえて奨められておられませんでした。
 工務店は、過当競争を強いられておりコストに敏感です。僕がやってきたソーラーも、顧客を寄せる広告塔としては今尚強さを持っていますが、予算を詰めていく過程で除けられるケースが増えているようです。
 工法やシステムを、そういう使い方をするケースが、最近の工務店に見られ、フランチャイズなりグループに支払っている会費は、一種の広告費になってしまっているようです。これでは肝心の技術が泣きます。技術のアイデンティティを滅失させるもので、長い目で見ると信用を損なうことです。
 最近のフランチャイズ及びボランタリーチェーンの低迷は、単体技術を標榜するだけでは営業が厳しくなっていることを示していて、ネットを組み合って「いいとこ取り」を進めるネット型の方向が求められているというのが、僕の見解ですが、同時にそのフランチャイズ及びボランタリーチェーン自身の、技術コンセプトの摩滅と、それに取り組む人たちの熱意の低下が大きいと見ています。歴史を持ち、強い技術と見られたところも、等しくこの弱さを抱えているようです。

人を得て生きる技術
 ロケット工法を進める片山建設の片山社長は、根っからの技術者で、篤実な人柄が出ていて、ロケット工法を語らせると熱っぽく、この人に仕事を頼めば間違いない、という印象を濃くしました。町の工務店は社長の人格や人柄、もっといえば骨柄骨品で仕事を得ていると言っていいほどに、社長自体が問われます。
 僕は片山社長に、「この土地は東海地震が予想される地域であり、身体に感じない地震を含めると、毎日のように大地が揺れている土地ですよね。この土地で家を建てるとはどういうことか。それを押し詰めて考え抜いた結果、選ばれた技術がロケット工法だったのではないですか」と申し上げました。片山社長は大きく頷いて「その通りです」とおっしゃいました。
 それなら、ロケット工法の片山建設ではなく、「技術者である自分が選んだロケット工法だというパンフレットを作りましょう」と申し上げました。そして、もっともっとロケット工法を愛し、さらに進化した技術を取り入れ、もしそれがコスト高になったとしてもやりくり算段をつけ、熱意をもってユーザーの説得にあたりましょうよ、と申し上げました。

 片山社長は「それって初心だよな」と言われました。
 技術の本領は、人を得て生きるのだと思いました。

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小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:16 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑥
独立自営工務店
小池 一三 ■ Ichizo Koike

「立百姓」という言葉
 前に、島根県の木次乳業と、そこを仕事場にした佐藤忠吉さんのことが書かれた『独立自営農民』という本を紹介しました。
 このタイトル名は、社会経済史を齧った人ならよくご存知のように、イギリスではヨーマン yeoman、フランスではラブルール laboureur などと呼ばれた農民を言います。封建社会の解体期に、一家の生計を十分に維持するに足りるだけの生産手段(土地、家畜、農具など)を所有して、自立的な農業を営む農民を独立自営農民と呼んだのです。
 彼らは、やがて商品生産者として成長し、資本主義形成の母体になったわけですが、この本の作者である森まゆみさんは、佐藤忠吉さんのことを書くについて、この誇り高い言葉をタイトルに付けたのです。
 この言葉によく似た言葉を、ふいと思い出しました。「立百姓」という言葉です。
 この言葉は、江戸期寛永時代に郡上金森藩で起こった郡上一揆の義民たちを指す言葉で、岐阜の劇作家小林ひろしさんの作品を通して知っていたのでした。「立百姓」の対語は、「寝百姓」です。立つのか、寝るのか、のっぴきならないシチュエーション(境遇)をそこに見出すことができます。

「立つ」か「寝る」かの選択
 翻ってみるに、今、工務店は立つのか、寝るのか、厳しい選択が迫られているように思います。
 つい先日、若い大工の話を聞く機会がありました。その大工が元請けで取れる仕事は年1棟に減り、あとは請けで仕事をして食い繋いでいます。カミさんは家計補助のためパートに出ていて、電話は携帯で受けているけれど、お客さんへの対応が不十分で、新しい仕事が取れないと言っていました。けれども負けないでやりたい、と彼は決意を語ってくれました。
 何とか頑張ってほしいし、ぼくに手伝えることは手伝うね、と励ましましたが、「独立自営工務店」の多難さを思い、立ち続けることの重さを思うのでした。

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小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:14 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて⑤
200住宅
小池 一三 ■ Ichizo Koike

200年住宅への疑問
 先日、滋賀県の平野住建さんに案内していただいて東近江の五個荘の商人屋敷を見て回った。作家の外村繁さんの実家でもある外村宇兵衛邸の母屋は、万延元(1860)年ということだから、築後150年近くになる。大工仕事の丁寧さが伝わってくる家で、黒光りした柱も梁にも何ともいえない風格がある。
 そこで思い出したのが福田首相の「200年住宅」であった。
 この家は、余程の地震に見舞われない限り、もう50年くらいはびくともしないだろう。しかし、今これだけの仕事をやれる大工が何人いるのかと言われれば、そう簡単な話ではないと思われた。
 200年ということになると、そもそも鉄筋が入った基礎で大丈夫かということになり、「釘が危ない」ということになるだろう。ナチュラルパートナーズの大江忍さんから、釘の写真を撮るため、薬師寺の再建で使われた白鷹幸伯さんの釘をお借りしていて、それを眺めながらつくづく思うことは、今の軟かい釘がどれだけ持つかということだった。
 あらゆることを根本から考え直さないと200年住宅になりようがないわけで、福田さんはその建築費をどう考えているのかと思った。

建築費を無視した議論はナンセンス
 所詮、35年の住宅ローンでつくる建築費は知れていて、昨日の所信演説では税制うんぬんが言われていたが、その前に建築費が大問題である。まず住宅ローンの制度を根本から見直さない限り、絵に描いた餅でしかない話であって、それを一国の首相の所信方針演説で述べていいのか、その根拠を考えているのかと、ぼくは今朝の新聞を読み、商人屋敷を思い出しながら、つい冷笑が浮かんでしまった。せめて元金年1%の100年ローンを制度化してから言うべきことではないのか、と。2,500万円の予算が1億円になるなら、かなり結構なものが建てられる。200年で計算すると、補修費が相当に掛かったとしても、それでもトータルで考えると安い。
 商人屋敷を見ながら、今のお金に直したら建築費はいくらぐらいかなと、同行した「町の工務店ネット」事務局長の山崎博司さんに聞いた。彼は「それは高いやろね」と言い、続けて「そやけど200年で割ったら、今の平均価格より安いのやないか」と言う。奈良の寺社建築を専門に手掛けてきた山崎さんらしい話で、ぼくはこの理屈が妙に気に入ったのだった。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:12 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて④
『自主独立農民という仕事』という本
小池 一三 ■ Ichizo Koike

いい本との出会いf0204815_1412562.jpg
 「しのざきゆうこ」という人は知らないけれど、この本の表紙でいっぺんに好きになりました。タイトルの字体もよく、装丁も良くて、もちろん森まゆみさんの文章もいい本です。
 この本は、島根県木次乳業と、そこを仕事場にした佐藤忠吉さんのことが書かれています。佐藤さんの語録というか、喋りを、森まゆみさんは上手に拾っていて、地産地消とは何なのか、その本質が見事に語られています。



「牛を飼って乳をとり、それを加工して付加価値をつけ消費者に届ける。素材の生産だけだったら、われわれは都市の奴隷にすぎない」
「東京で米や野菜はとれるのか、魚や肉はとれるのか」
「地域を活性化せよとかけ声がかかるが、私はむしろ地域は沈静化すべきものと考えとります」

自主独立農民である、ということ
 自主独立農民の生の深さは、これらの言葉だけでなく、行動にこそ示されていて、森まゆみさんは、いろいろなエピソードを綴っています。
 これからの日本を考えると、農業にせよ、林業にせよ、ものをつくる人が元気でなければダメです。ロクでもない大臣が2人も続いている農林省だけど、中国の食品汚染を回避するには、日本の生産者にがんばってもらうほかなく、こういう気概を持った爺さんがいることを、もっと大切にすべきと思いました。
 工務店のあり方を考える上でも、読んでもらいたい一冊です。
 発行はバジリコ株式会社。本体1,500円。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:03 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて③
家はハード、住まいはソフト
小池 一三 ■ Ichizo Koike

住まいの設計とは?
 工務店が好む売り方は、うちは「○○工法」とか、「○○システム」とかいうやり方である。○○工法とか、高断熱・高気密住宅とか、それを用いたらあたかも「いい家」になるかのように強調するのが工務店である。
 工法の選択が重要なことは言うまでもない。
 けれども、それは「いい家」になるための一つの要素であって、それ自体で以って、いい家になるわけではない。
 いい家になるかどうかは、これはもう住まいの設計に尽きる。それでは住まいの設計とは何か? それは「住まいの場」をつくることである。「場」に、空間のカタチを与えることである。このソフトが「貧」であったなら、幾らハードとなる家が立派であっても、中身を欠くことになる。

間取りという「陣取り合戦」
 では工務店にソフトはなかったのかというと、あるにはある。いわゆる〈間取り〉というソフトである。〈間取り〉という方法は、畳の単位を基本とする設計法で、とても割りやすくていいのだが、この方法で、今日、人々が求める「住まいの場」を生み、その空間にカタチを与えられるかというと難しいのではないか。
 〈間取り〉という言葉は、文字通り「間(部屋)を取る」ということである。このやり方は、下手をすると家族間の「陣取り合戦」を惹き起こしかねない。家族それぞれ、みんな自分の部屋を大きく、ゆったりしたものにしたいのだから。けれども工務店は、この「陣取り合戦」を喜んでいるところがあって、「活発な家族の話し合い」と錯覚している節がある。しかしそれは、「欲望の押し合い・圧し合い」であって、これが招く結果は、決して好ましいことにはならない。

プレゼンこそ真剣勝負の場
 ハウスメーカーも、工務店も、家を建てたいとユーザーが口にしただけで、「プランはできていますか」「敷地を拝見させてください」「うちで一度プランを引かせて下さい」と、プラン〈間取り〉攻勢を仕掛ける。ユーザーは、たくさんプランが集まるのはいいけれど、そこにだけ目が行ってしまい、肝心なことが抜け落ちてしまうのである。
 工務店(設計者)は、相手の生活を見切り、新しい住まいの場をつくるのがプランの提案であって、決して受注をまとめるための方便ではない。エスキースとは、敷地と家族の生活を見切るため、思考に思考を重ねた汗の軌跡であって、色鉛筆で、ただそれらしく区分けすることではないのである。
 ハウスメーカーは、夫婦であっても「3メートルの距離が問題」とか、テレビCMしている。今の生活、夫婦関係に対するハウスメーカーの読み取りがそこにある。○○工法と言うだけでは、また出来合いのプラン集で済ませるだけでは、今のユーザーの共感は得られないと考えるべきである。
 どういうプレゼンを用意するか、できるか。プレゼンこそ、真剣勝負の場であり、相手を納得させるだけの提案力を持たなければいけない。
 今、工務店は、ハードに橋を架けるソフトが問われているのではなかろうか。

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by ju-takukoubou | 2009-04-09 13:59 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて②
『安全』記号は信じられない
-リスク学を学ぼう

小池 一三 ■ Ichizo Koike

「天然素材」塗料の表示偽装
 F☆☆☆☆塗料をめぐって、二つの大変なことが起こった。
 一つは、東京都が発表した自然塗料の試験結果である。
 東京都は、都知事選後の4月24日、自然塗料をアルミ板に塗り、7日間乾かしてからホルムアルデヒドの放散量を測る試験を発表した。試験対象となった塗料は、屋内用4種類、屋内外用2種類、屋外用1種類の計7種類である。
 結果は、屋内用3種類、屋内外用は2種類とも、F☆☆の塗料に相当する量のホルムアルデヒトが放散しているというもので、試験の結果、唯一F☆☆☆☆に相当すると評価されたものは1種類に過ぎなかった。
 F☆☆は、居室内で使える建材としては、最も多くホルムアルデヒドを放散する製品規格で、居室内では床面積の30%以下の面積しか塗ることはできない。
 一方、自然塗料は植物油などの天然の素材を主原料とする塗料の通称で、建築基準法によるシックハウス規制の対象外になっている。
 試験結果は、もともとホルムアルデヒドを含んでいないと考えられていた自然塗料から多量の放散量が確認されたのである。この結果を踏まえ、東京都は自然塗料を塗布した場合でも換気が必要なことを呼びかけた。これは、行政としては異例のことである。

「安全表示」を疑え
 もう一つの大変は、F☆☆☆☆と表示していた大手塗料会社(アサヒペンと中国塗料)の製品が、経済産業省の工場立ち入り検査を受け、ホルムアルデヒドの基準値を満たしていないことが判明したことである。「疑われる」ではなく、行政から完全にクロとして判定されたのである。
 これでは、工務店も消費者も何を信じたらいいのか、ということになる。我々は、初めて降り立った地下鉄の駅から出口をもとめる場合、記号に従って進む。同じように「安全ラベル」が付けられていると、我々はそれを信じてユーザーに対し「F☆☆☆☆ですから安全です」と言ってきた。今回の結果は、「安全」だという表示記号があっても、それを安直に信じてはならないことを教えている。
 そもそもを言い出すなら、厚労省が14種類の化学物質について「室内濃度指針値」を出し、それが国交省の施策にスライドされて、建築材料を選択する上の指針値となっていること自体、「安全」を保証するものではないという事実である。
 この指針値は、健康の側からいうと一歩前進といえるが、単体としてのモノを問題にしているだけであって、この指針値を守ればシックハウス症候群に罹らないかといえば、何らそれを保証しているものではない。

F☆☆☆☆だから「安全」とは言えない、ということを自覚しよう
 建材メーカーは、指針値に従っていさえすれば、あるいは「安全」と言えるかも知れない。けれども、工務店は言えない。メーカーの尻馬に乗って「うちは国が決めた安全な材料を使っているので安心です」といって、もし過敏症をまねいたら、そのクレームの対象となるのは工務店である。それは指針値の側の問題ではなく、建築の側の問題とされているからである。
 クレームが裁判にまで発展した例が少なくないが、実は判例からみると、かならずしも原告側の建築主に有利な結果となっていない。というのは、工務店が悪いという因果関係を、なかなか証明できないからである。つまり、工務店も消費者も、そういう立場に置かれているのだから、F☆☆☆☆を用いているからといって、もう「安全」といってはならない。
 今、私は『住まいを予防医学する本』(全368p)という本を編集しているが、こういう事態をみると、簡単に予防医学するとはいえない悩みを抱えていて、リスク・ベネフィットの視座をきちんと持たないと工務店はやっていられないことを痛感している。
 どうしたらいいのか、その方法論を懸命に考え抜いているところである。

(有)小池創作所 
小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 13:57 | NARB of JAPAN 
NARB of JAPANの実現へ向けて①
日本のNARBは実現可能か?
小池 一三 ■ Ichizo Koike

真似できなかったNAHB
 マスター工務店の準備会合の折、日本でもNAHB(National Association of Home Builders/アメリカ住宅建築業者協会)のようなものを開きたいね、という話が出た。藤澤さんがいた。青木さんがいた。野辺さんがいた。みんな頷き合っていて、そうだそうだ、ということになった。「日本にもNAHBを」というのは業界人間にとっては、誰しも「そんなことがやれればいいね」と思うことで、こんな会話は、このときに限らない「挨拶言葉」ではあったけど。
 しかし、どういうわけかそれからというもの、ぼくはどうしたら日本のNAHBを開けるのか、そのことをずっと考え続け、奔り回ってきた。あるときなど「小池さんは何であんなに熱が入っているの」と、藤澤さんが訝られているという話を耳にしたりもした。思い込んだら走り出す弊は、雀百までなのかも知れない。
 しかし、壁は厚く開催の見通しは暗い、というのが現実である。
 NAHBは、全米の地域ビルダーの集まりである。建築関連の業者、設計事務所、市民も参加し、建材見本市は1,600のブースが並び、参加者は期間中20万人を数え、もう今年で62回目を迎える。NAHBに人が寄るのは見本市だけにあるのではない。期間中、専門家・一般市民を対象にした勉強会・建物見学会等が無数に開かれるところに、そのおもしろさがある。
 日本の参加者は、ここ数年減っているようだ。環境重視の志向が強まり、エネルギー多消費型のアメリカ住宅に関心がなくなったからであろう。知り合いに聞いても、最近はヨーロッパの建材市の方が見るべきものがあるという。流れと言うべきだろう。
 けれどそれは、日本人の足が遠のいたというだけのことであって、全米の地域ビルダーにとって必要であり、みな集まって議論し、勉強会を開くことの意味は何ら変わっていない。
 何でもアメリカの真似をしたがる日本であるが、NAHBだけは真似できなかった。その理由は何なのかを考えてみた。
 やはり、彼我の違い、ということを感じる。

彼我の工務店の違い
 日本とアメリカでは工務店の置かれた事情が異なるのである。アメリカの地域ビルダーは、建売住宅が中心である。現在、NAHBに組織されているメンバーは185,000社を数えるが、このうち3分の1(61,000社)が地域ビルダーで、彼らによって、およそ25万戸の建売住宅が建てられている。
 アメリカには、日本のハウスメーカーのような存在はない (これは日本にだけ起こり得た特異な企業形態)。また「注文」住宅を主体とする日本の地場工務店とも大きく異なる。
 アメリカの地域ビルダーは、デベロッパーが開発した数百区画の土地を5~30区画買い求め、土地代は2年後払いのようなやり方で建売住宅をつくるのが基本形態である。ビルダーは建築段階で金融から借り入れを受けられ、購入者が決まると、そのまま個人の住宅ローンへと移行する。
 この方式では、販売までの資金手当てが得られているが、売れ残りが生じると大変である。同一団地内においての競争は厳しく、ビルダーはそれぞれ特長を出さなければならない。アメリカの地域ビルダーは、そのための良きノウハウを求めるため、毎年NAHBへと出掛けるのである。理由はハッキリしている。
 NAHBに行くと、地域ビルダーの経営者とおぼしき人をたくさん見掛ける。夫婦でNAHBに来て、新製品の品定めをしている人もいる。毎年、ここで顔を合わせるのか、抱き合って再会を喜び合っている人もたくさん見掛ける。NAHBは、彼らの「知恵と工夫」を生む源泉となっていることが、会場にいるとよくわかる。
 これに対し、日本の地場工務店は地縁血縁、芋づる式の「縁コミュニケーション」によって受注を得るため、こうした競争よりも、地場での信用や繋がりを第一と考える。内側を向いて仕事しているのであり、外延性に欠けている。つまり、日本の地場工務店はNAHBのような存在を必要としないでも「やってこれた」のだ。
 こうした日本の地場工務店の閉鎖性が、ハウスメーカーの伸張を許し、今尚、多数のシェアを占めながら、市場潮流の中心になれない原因となっているのではないか。そしてそのことが、現下の危機的状況を生んでもいるように思われてならない。

日本版NAHBの必要性の高まり
 悪質リフォーム問題と「耐震疑惑」問題は、業界全体の信用失墜であり、この信用挽回と、地場で住宅を建てることの理由を、地域工務店はどのように示し切れるのか。
 そのためには、地場工務店の価値・地場工務店の役割・時代が求める環境性能・町づくりの視点を持った家(家並み)などについて、地場工務店はしっかり勉強し、それを方法論(具体的なノウハウ)として身につけなければならない。
 殊に林野庁が進める「新生産システム」は深刻な問題性を孕んでおり、ぼくはそのことをアップしたばかりのホームページのブログ上に書いた(興味のある人は、http://www.sosakujo.jp/blog/login.php)。
 つまり、日本においてもNAHBを必要とする情勢が醸成されているのである。
 これまで日本にもホームショーがあったし、今もあるけれど、メーカー主導のものが多く、工務店にとっては魅力に欠けていた。ぼくは、今回林産県で開催することと、地場工務店が主体となって開催することを、林産県に説いて回っている。岩手では増田知事に会い、兵庫、和歌山に行き、熊本に行き、それぞれしかるべき人に会い、東京都にも顔を出し、住宅政策部長に「東京都は森の都でもある。世界の大都市で36%の森林率を持つ都が他にあるだろうか」という書類を提出した。
 林産県は、森林税・水源税などの新税導入が進んでいるが、県民の理解を得ることに悩みを抱えているように見受けられる。税の使われ方の問題があって、山(森)と町の連環性を具体的に示すことが難しく、活きた関係・活きた存在として、地域に定着しきれていないように思われ、林産県は、そのためにもこのイベントを開くべきである。
 日本は資源のない国と言われるが、世界有数の森林国であり、殊に森林県はその恩恵に浴することができる条件を持っている。
 地域工務店は、個々を取り出すと零細であり、「ないない尽くし」の存在であるが、地域に生き、根づくことでしか存在し得ないことをプラス価値とし、「らしさ」を取り戻すことで再生し、活き活きとした「連」を構成するなら、相当量の潜在力を有しているものと考えられる。

動物的な存在と植物的存在
 ハウスメーカーは、いうなら動物的存在であり、マーケットが集中する都市部では大きな役割を持っているが、受注が見込めない中間山地に進出することはなく、受注が取れない場合は、その地域から撤退してしまう。これに対して、地場工務店は植物的存在であり、その土地に根づかない限り生命を得られない。
 林産県と地場工務店との組み合わせは、1つのアイデアであり、森林県にとっても、地場工務店にとっても、行政にとっても魅力的なことである。
 江戸時代末期のお伊勢参りのように、地場工務店のオヤジやカミさん達が、こぞってこの催しに集まり「勉強するエネルギー」を爆発させるインパクトは、なかなか初々しくて新鮮ではないか。工務店は、こうしたイベントがあるとないとに関わらず、年1回、研修旅行を実施しているところが少なくない。小さな工務店なのに、下職の人を含め、大型バス2台を使う例もあったりする。彼らをイベント会場に閉じ込めておくのはムリだとしても、5日間のイベントのいずれかの時間に、大工さんは大工さんの、左官屋さんは左官屋さんの(職人の日を設定)勉強会に参加してもらうことは可能である。社員が5人の工務店であれば、耐震やシックハウスの勉強会など、幾つかのコースに振り分け、戻って報告し合うことも可能である。
 とまぁ、そんなことを口角泡を飛ばしながら、奔り回っているのです。
 ぼくもOMソーラー協会の理事長を辞めたことだし、もう一暴れしようと思ってはいます。

(有)小池創作所 
小池一三の週一回 
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 13:55 | NARB of JAPAN