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住宅道具・考⑤
世界一周畳の旅
-その2 たたみとベッド交換船

山口 昌伴

◆進んだ生活という幻想に飲み込まれ
 日本の畳はもともと貴族の館(やかた)の置き敷きの座具だった。畳が庶民のものとなったのは明治の文明開化以降―日本型産業革命の勢いにのって普及しはじめたため。日本の伝統的住宅が庶民の家まで敷詰めの畳になったのは、大正時代になってからである。和風住宅といえば台所の板の間や廊下を除けばどの部屋も畳敷きになりきったところで太平洋戦争。惨敗に終わった戦争で全国の大都市は焼け野原となったが、戦後の復興は畳敷き詰めの復元から始まった。
 しかし戦後はアメリカ文化崇拝の時代で、畳に坐ったり寝たりは遅れた生活様式だと思いはじめ、進歩的ジャーナリズムが畳の不衛生を説くのにのせられたせいもあって、だんだん床坐式の畳が嫌いになっていく。食事は椅子テーブルを用いるのが進んだ文化生活とされ、寝るのも畳の上に蒲団を延べるより、ベッドの方が進んだ生活で、恰好いいとされた。間借りから始まる新婚家庭でも臥具は是非ともダブルベッドでなければならず、畳に襖の四帖半と六帖の、襖を外してベッドを持ち込んだり―見上げれば鴨居が通っていたりの哀(かな)しい風景も。居間の片側に「昼はソファー、夜はベッド」などの工夫がウケたなど、ベッドは憧れの的(まと)だった。

◆素直に畳を見直すと
 敗戦後の日本には海外の著名なデザイナーが日本政府の招聘(しょうへい)で次々とやってきて、モダンライフ指導の講演会を開いたことが多かった。そんなデザイナーの一人、ジョージ・ネルソンがこんなことを言ったという記録が残っている。―日本に来てみて畳というものを初めて知った。畳の床というのは広々していて清々しくて、なかなかいいものだ。私は畳に惚れ込んでしまった。アメリカに持って帰って畳の部屋で寝たいくらいだ。ところがどうも日本人は折角の畳がお嫌いのようだ。そんなにベッドの方がお好きなのなら、こうしてみてはどうか。―アメリカから貨物船を仕立ててベッドを船一杯搬んでくるのだ、そして帰りの船には畳をぎっしり詰めて搬ぶのだ。
 ―このジョークは、記録にはあるのだが、日本人の耳にはいっこうに残らなかったらしく、クスリにもならなかったようだ。後にフランス女性モレシャンさんも「タタミザッション」とか言って畳のよさを讃めちぎっている。
 私も、外人の眼のように素直になって畳を見直してみると、なかなか捨てたものではないように思える。素直な眼でものごとを見ていくことが大事だと思う。


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by ju-takukoubou | 2009-04-09 14:56 | 住宅道具・考 
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