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踏み台のゆくえ
-大工徒弟の渾身の作 山口 昌伴 ◆大工の置き土産 小江戸と呼ばれる川越の町、蔵づくりの街並みを歩く。一軒の老舗を訪ねて茶の間に上がらせていただき、長火鉢の脇にくつろぎ、古家具などを眺めやる。ふと見ると、踏み台がある。踏み台かァ。 踏み台は四方転びの四角錘台形で、その頂部に平板がチョンと水平に載(の)っている。胴部の正面にはまん円い穴があけてある。使い古した踏み台は黒光りして威風堂々。単純なかたちだが見事な出来で、鋸を引いた手技の魂魄があたりを払う。古家で目にする踏み台は意匠に違いはあるが、いずれも四方転び、頂部の踏み板、正面に円形、扇形(おうぎなり)、巴形(ともえなり)などの穴が共通しており、いずれも凛(りん)とした出来栄えに妙に迫力があるところも共通している。 その理由を訊ねていくと、だんだん判ってきた。踏み台はそれぞれの家作を建てあげた棟梁の、落成祝いに徒弟に拵(こしら)えさせた、施主への置き土産だった。 棟梁のもとに弟子入りした大工志願の若僧、掃除、子守り、使い走りばかりやらされて2年、3年、なかなか釘も打たせて貰えない。先輩の道具を見たり、仕事を盗み見たりするうち手を出したくてうずうずしてくる。初めて野丁場(のちょうば)へ連れてってくれても、鉋屑の片付けみたいな手伝いばかり。とうとう一軒できあがって、野丁場を仕舞う秋(とき)がきて、棟梁に呼ばれ「おい、踏み台ひとつ、造ってみな」―初めて仕事らしい仕事が貰えて天にも昇る気持ち。たかが踏み台、されど踏み台。精一杯打ち込んでつくる。たしか台が転んでたっけ、と二方転びにして、こっぴどく叱られてやり直し。「踏み台ワナァ四方転びにしてなぁ。踏み板は隠し蟻にして絶対抜けんようにして、まん円の穴を挽きまわすんじゃ」。 ◆四方転びの理 四方転びは仕口が全部菱形になって、物差しや三角定規をどう使いまわしても寸法が出ない。四方転び、じつは曲尺(さしがね)の裏表を使いまわす曲尺使いの試験問題だった。踏み板の取り付け、穴あけも鋸を持たせてもらう資格試験。踏み台は丁稚の卒業制作(ディプロマ)だった。その造りに気が入っているのも道理である。 初めての仕事が置き土産となるのだから踏み台は家と共に古い。しかも毎日使われて、びくともしていない。現場の端材の寄せ集めで、形は単純だが、丹精が込められるだけ込めてあるので、大荷重に耐えたり、子どもが馬にして走りまわってもニッとも笑わない―少しも隙(すき)があいたりしないのである。 近頃、そういう踏み台の若いのを見ない。置き土産に精魂込めさせる徒弟教育がおろそかになってきたせいである。 住宅事情の流れからみれば、高い所のものを取る必要は増えているのに頑丈な木組みの踏み台がみられなくなったのは、住まいづくりが商品化しすぎたせいだろう。荒物屋で踏み台を、と言ったらアルミの脚立(きゃたつ)を出してきた。木でできたのは? と訊ねたらアル、という。出させてみたら側面が直立の二方転び、これで上にのった人が身をひねったら転ぶぜ―と却下した。理があっての四方転びだったのも忘れられてしまったのか。 道具学会
by ju-takukoubou
| 2009-04-09 14:40
| 住宅道具・考
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