地域マスター工務店登録運動 Webコラム

カテゴリ
全体
住まいづくりをチェック
いい工務店との家づくり 
業界コトバの散歩 
工務店ブログ探訪
住宅道具・考 
辣腕記者のヒント
野池主義でいく 
工務店業界サーチ
住まいを歩く 
工務店設計者の日々
NARB of JAPAN 
住宅ローン審査の仕組み
リンク
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
工務店設計者の日々④
ヤドカリライフ
株式会社青木工務店 設計パートナー
薮田 紀子 ■ Noriko Yabuta

幼年期の住まい
 ふとしたときに子供時代に住んでいた家のことを思い出すことがある。
 我が家は転勤族だったので、社会人になって独立するまで8回ほど転居した。
 最初に住んでいたのは平屋の木造一戸建て。記憶に残っている間取りを辿ってみる。
 玄関が引き違い戸で、ガラリと開けると4帖ほどの板の間。その板の間の両側は和室。夏は両隣の和室の襖はいつも開け放されていた。押し売りが来て、玄関に座り込まれた記憶もある。大きい和室は寝室。親子川の字で夏には蚊帳。小さい和室は茶の間。
f0204815_11573113.jpg
 







2回目の社宅も平屋の木造一戸建て。板の間・台所・廊下に建具などなく、つながっている。当然板の間が茶の間。食事をしてテレビがあって、宿題するところ、人が集まるところ。小さい和室を子供室として与えられたが、机に向かうでもなく、傘を3、4本広げてはパオのようなものを作って、もぐって漫画を読んでいた。
f0204815_11574890.jpg









平屋、平屋、集合住宅、木造2階建てへ
 その後3回、4回目の社宅も同じように平屋木造一戸建て。当時の私の憧れはベッドでも洋室でもなく階段のある家! これに憧れていた。


 5回目も同じく平屋木造一戸建てだったが、元質屋を営んでいた家を会社が借り上げしていたので、蔵と門がついていた。階段ではなく…・・・。
 その家は新宿から電車で10分くらいのところだったから、今思えば贅沢な住まいだった。蔵の分厚い扉は取り外されて、母屋と一体として使えるようにリフォームされていた。その蔵が私の部屋としてあてがわれた。箱入り娘ならぬ、蔵入り娘。
 夜になると門は閉じられて、小さい勝手口から出入りする。
 6回目、7回目はRCの集合住宅。そして8回目にやっと階段のある木造2階建て。

茶の間替えを楽しみませんか
 どの家に住んでもいつも室内は開け放されていた。階段があろうとなかろうと、戸建てであっても集合住宅であっても。そして夏は座卓で、冬は炬燵の茶の間は、何回引っ越してもいつもあった。ダイニングテーブルやソファが持ち込まれ、ここから違う暮らしが始まるのかと、心ひそかに期待しても、そこはいつの間にかリビングダイニングではなく、茶の間の様相になっていた。
 子供時分は住まいのことなど思うままにならなかった。こんな部屋にしたいなどと思っても、社宅だし、京壁和室だし、壁に鋲を打ってはなりませぬとか、抵抗したところで無駄なのだ。
 その慣習が身についているせいか、どんな家に住もうとも、体がそれに合わせられて、居心地の良い場所を見出せる性質を持ち合わせることができた。
 そして大人になったいま、自分達で建てた家は、子供時代の反動ではなく、その茶の間を進化させる家になった。夏はこの場所、冬はあの場所と、限られたスペースで茶の間を移動させては、衣替えならぬ茶の間替えをして楽しんでいる。階段? もちろんついてますとも。
[PR]
by ju-takukoubou | 2009-04-09 12:00 | 工務店設計者の日々
<< 工務店設計者の日々⑤ 工務店設計者の日々③ >>