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住まいを歩く②
生者といのち(死者)の空間へ
野辺 公一

葬祭システムに抗えるのか
 最近、全然書いていませんね、と言われた。旅日記などを目論むとろくなことが。
 突然、仏壇というものが、我が家のテーマとなった。呆然としている間にも戒名、位牌はどうする、仏壇はどうする、墓はどうするといった弔いの「システム化」「制度化」の中で、どう身を任せればいいのか戸惑うばかりだ。
 喪失の悲しみの時間と現実的な時間の乖離はあまりにも激しく、結果として「システム」に身を委ねることとなる。
 葬祭のシステムから意志して離反すると、世の中の常識(葬祭マナー)から大幅にズレるぞ、という脅しもある。だから、このシステムから逃れようとすると、とんでもないエネルギーが要求されることがわかった。
 よく出来ています。葬祭のシステムは。
 しかし、悲しい現実の前にとんでもないエネルギーは湧いてはこない。

スケジュールも容赦なく
 死者となったものとの別離の時間として、様々に各宗教は、スケジュール化がなされていて、それに身を委ねると自ずから喪失の悲しみが薄らぐ、ということらしいのだが、私のように別に喪失の悲しみから逃れたくない者にとっては、いやはやこのいつ成立したのかも不明な現代的な葬祭スケジュールに馴染めずもがいている。
 だが、スケジュールは容赦なく訪れ、一つ一つこなしていくことになるのだが、反発しつつ、かといって代案もあるわけでもない。だからえらく疲れる。
 ということで、現在、仏壇をどうするか、というのがテーマなのだ。

100年住宅を語る方々は「いのち」の持続をどう考えるのか
 戦後消費家族の特徴の一つとして、仏壇のない家ということを考えたこともあったが、戦後消費家族も三世代ぐらいになれば、当然そうした問題は発生する。
 生者だけの空間からいのち(死者)と共生する住宅へと、その空間は一瞬にして変転する。
 こうして、住まいはいのちとの共生をすることによって、住まいとしての全体性、持続性へと至るのだろう、と思う。
 単純なストック議論などしていても仕方がない。いのちとの共生といった部分から100年住宅がどうのこうの、といった議論をしてみてほしいものだ、と思うのであった。
 古民家のばら売りなどを見ていると、まるで臓器のばら売りをしているようでもある。
 いくつものいのちが住み続ける、という(例え住み手が血縁でなくなっても)ことを前提に100年住宅といった壮大なホラ話をつくり出すことが必要なのではないか、としみじみ思う。
 そういえば、100年も持続している墓も実はそんなにはない、と聞いたことがある。
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by ju-takukoubou | 2009-04-09 11:37 | 住まいを歩く 
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